クリミナル 2人の記憶を持つ男

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Criminal (2016)


ケヴィン・コスナー主演。ゲイリー・オールドマンにトミー・リー・ジョーンズも出ててなかなか渋いキャスティングなんですが、いかんせん主人公ジェリコ(コスナー)の設定や状況をもう少し詰めたらもっと面白くなったのに~~!と思わずにいられないお話でした。
そもそもジェリコは少年時に頭を強く打ったせいでサイコパスみたいな感じになっちゃったらしく、感情を持たずそれゆえ極悪な殺人を犯して長いこと刑務所に厳重管理で収監されている人物、という設定ですが、その脳の状態が殺されたエージェントの記憶を移すのに適しているという理由だけで話を押し切っているので、その他の条件をもっと詳細にしておけばもっとハラハラドキドキの展開になったのに、と思わずにいられませんでした。
術後、ジェリコはうまいこと病院から逃げ出して、これ幸いと刑務所から脱出できたんだけど、植え付けられたエージェントの記憶がだんだんとジェリコの感情や行動を支配するようになって、いい人になっていくのですが。移植手術をした博士が、その記憶はもって48時間っていうのを移植後けっこう経ってから言うんだよね。それ、最初に出しておけば時間制限がある話なんだなって分かるし、自由を得たジェリコは移された記憶のせいで亡きエージェントの妻と子どもにだんだん感情移入していくんだけど、手術を受ける条件として、事件が解決したらジェリコは自由の身になれる、とか本人にうまみのある免責事項や取引があったら、果たして彼は自由を得るのか、それとも移植されたエージェントの記憶に支配されて妻子ととも、愛のある新しい人生を送るのか、さぁどっち!? な葛藤が深まるかなぁと思ったのです。
なんかとりあえず48時間以内に記憶をジェリコに定着させたら彼は妻子を選ぶ人生を選びました、的な、なんとなく輪郭がぼんやりしたラストで、ちょっとんんー? てなったので。
あとね、なぜジェリコが凶暴なのは分かるけど、ずっと刑務所にいたのに、いざ銃を持たせたら一発でちゃんと相手を仕留められるのは、いやいやそれはないだろう! と。この辺リアリティを求めちゃだめですかね~?

私はケヴィン・コスナーは多分「アンタッチャブル」(1987)が初めて見てかつそれでファンになったんだと思いますが……あ、違うな、初見は「フィールド・オブ・ドリームス」(1989)かな。彼は男性としてはちょっと声が高いので、若い時は大声で話したり演説するシーンではちょっと迫力不足かなって感じていたんですが、歳を重ねたせいか声そのものが低く渋くなって、今回見ていて、あ、いいなこの声って思いました。今52歳。まだまだいける。


余談ですがこの後に「バットマンVSスーパーマン」見たらそれにもこの映画と同じケヴィン・コスナーとガル・ガドットが出ててちょっとびっくり。



コーチ・ラドスール 無敵と呼ばれた男 再見

When the Game Stands Tall (2014)

二度目に見て気付いたことを調べてみたら驚きの事実が色々出てきてびっくりだったので覚書。

初見時は、ずいぶん宗教色の強い話だなぁとは思ったけれど(そして後述するように実際その通りでもあったのですが)、私は主人公のラドスールコーチの言葉はどれもけっこう好きなんですよ。こう、胸にすとんと落ちるというか、大事なものは連勝じゃなくて他のことだよってのを色んな言葉で伝えてくれたのが大きくて。こんなコーチの元でアメフトできた生徒はすごく幸せだったと思うの。
で、私は初見時このコーチはチームに必要な信念を聖書の内容やキリスト教の教えを使って説いている人物、つまりあくまで個人的に熱心なキリスト教信者だと思ってたんですよ。だけど、高校の中庭に十字架が建てられてるシーンがチラッと映って、あれ?と思って。もしかしてここはキリスト系の学校なのか?
で、調べたらやっぱりデ・ラ・サール高校は、ローマンカトリック系の男子私立高校で、生徒の99%が大学に進学するプレップスクール(大学進学に重きを置く進学校)とのこと。なのでたぶん生徒はみなさんそうとう頭いいだろうし、Wikiには School fees(年間の学費)…$16,800 ってあるので裕福な家庭でないと通えないよね。スパルタンズみたいな強豪チームであればあるほど遠征試合とかでさらなる金額が必要だろうし。まぁこれは日本の高校の部活でも同じだけど。
ただ、父親はもうおらず、母親も病気で亡くして残された弟を養なわなければいけないキャムは、奨学金が約束されているオレゴン大学への進学を決心したけれど彼の家は明らかに低所得ではあるので、おそらくキャムはデ・ラ・サール高校へもフットボールの腕を見込まれて奨学金を得て進学したのかな、とは思うのですが。住んでいる家の場所も高校からとても遠そうだったし。実際他校のコーチが、デ・ラ・サール高校が強いのは奨学金で優秀な選手を集めているからだ、そうでなければなんでうちの学区に住んでるのに1時間もかけてデ・ラ・サールに通うんだ、って怒ってるシーンがあったし。この辺もやはり日本の高校野球と非常によく似てるかな。ただ、咎められたラドスールは、運動部の生徒に奨学金を出すのは禁じている、とも言ってるんだよね。
テレンス・ケリー(TK)の父親は名前の刺繡が入った作業着を着てるから、おそらく清掃とか力仕事の類の仕事についていることは間違いないし、クリス・ライアンの父親は車のセールスマン。どのくらいの収入があると安心してアメリカの私立高校に通えるんだろ?

ちょっと話が脱線してしまいました。
デ・ラ・サール高校のテーマカラーは白、シルバー、緑。だからアメフトチーム、スパルタンズのユニフォームやコーチ、スタッフが着る服は緑や白なんですね。
"Les Hommes De Foi"。これは映画の中で撃たれて亡くなったTKを忍ぶ横断幕に書かれていた一文なんだけど、なんでフランス語と英語の両方で表記され、なぜ「信念の男」と書かれてるのかまったく意味が分からなかったんだけど、これはデ・ラ・サール高校の校訓なんですねー。そしてフランス語で書かれた理由は、高校の名がフランス人カトリックの聖人、Jean-Baptiste de La Salle(ジャン=バティスト・ド・ラ・サール)に由来しているからなのです。ド・ラ・サールは高貴な身分の人々だけでなく平民にも教育の必要性を説き、亡くなった後は教育者の保護聖人になったとのこと。あーあーあーだからかー、なるほどねー、と頷くばかりです。

そのド・ラ・サールから派生したラ・サール会が設立した学校が日本にも2校あって、もうここまで言えば分かるかなとは思いますが、それがラ・サール高校です。高校生クイズの出場常連校と言えばいいかしら?初めて聞いたときは変わった名前の学校だなーって思ってましたが由来が分かってすっごい納得。1本のアメリカ映画が日本の高校にまでつながるとは思わなかったので驚きでした。
こんだけ色々情報を得てから見るとこれはフットボールをテーマにしたスポーツ映画ではないことがよーく分かります。普通ならコーチが心臓発作で倒れるエピは中盤に持ってきてもいいくらいなのに、前半であっさり出してるのもそれが理由かと。つまりはっきり言えばずばり宗教がテーマの映画です。
まぁそれを抜きにしても熱いメッセージの映画ではありますが、ここまで上記のような条件が揃ってたら、そりゃこの仕事をジム・カヴィーゼルが受けないわけないよねっていう(カヴィーゼルは超がつくほどばりばりに敬虔なカトリック教徒です)。

話を戻すと、ということはこの学校の先生やスタッフはみんなカトリックなのかな。ラドスールもコーチ業だけじゃなくてデ・ラ・サール高校で授業も受け持つ教師……だよね?校内の廊下を歩いてたし。何を教えてるんだろ?国語とか神学とか?そもそもLadoceurという苗字からいってフランス系かなとは思うのですが、その辺は調べても出てこなかった。まぁ個人情報なので出てこなくてもいいかなとも思いますが。
ラドスールは2013年にコーチ業を引退しているので、それを待って2014年にこの映画が公開されたのかな、とも。さすがに現役の高校フットボールコーチが映画化って、学校とその周辺にそれなりに影響があるものねぇ。

あとは映画の感想をちょこっと。
ラドスールはことあるごとに、信念や助け合い、愛、この先社会に出て生きていくために必要なこと、周りから信頼される人物になれ、と説くんだけど、周りはスパルタンズにとにかく連勝することしか求めてなくて。いったん負けて、また勝ち始めたけどまだ2勝しかしてないのに、もう前回の記録151勝を打ち破れって大騒ぎしている街のひとたち。応援はありがたいけど期待はプレッシャーでしかなく。
生徒は生徒で、ティーンエイジャーという「今」しか見えてない年頃。強豪チームだからマスコミも押しかけるし当然女の子からはモテるし、いろんな世界を知って若者の将来は何が大切か、必要かを知っている成人したコーチが伝えたいと思うことはなかなか伝わらないわけです。自身も心臓を患って健康に不安もあるし、終盤、はー、なんかちょっと疲れたなー、もう大学のコーチのオファー受けちゃおっかなー、なラドスールには思わず同情してしまいました。自分の歳はどんどん上がっていくのに、接する生徒は永遠に15~19歳の子ばかりだもの。そりゃ疲れも出ますよね。
だから最後はタッチダウンの新記録を余裕で打ち立てるチャンスがあるのに、試合の勝利をコーチに捧げる方を取ったクリス・ライアンの姿に、教え子たちはちゃんと分かっててくれたんだな、とラドスールは救われたと思いますよ。

あと、字幕では「コーチ」とか「ラドスールコーチ」って出るけど、原語では頻繁に"Coach Lad"って呼ばれてるんですよ。日本語とは逆で英語はまず役職名が先に来るんだけど、「コーチ・ラド」ていう呼ばれ方、なんかすごく可愛くない?そう思うのは私だけ?
それと吹替ではラドスールを滝さんが演じているのでこれも一度見て(聞いて)みたいなとは思ってます。


Wikipedia - De La Salle High School (Concord, California)

Wikipedia - Jean-Baptiste de La Salle

ウィキペディア - ジャン=バティスト・ド・ラ・サール



グランド・イリュージョン

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Now You See Me (2013)


面白かったです。そして気持ちよーく騙されました!私頭悪いんで、トリックも最後にちゃんと明かしてもらえたの助かるし、マジックの規模がとんでもなくダイナミックで話もスピーディな展開。こういうの大好き!のっけから一気に派手な演出のショウを見せられて、即引き込まれました。

ラスベガスはホテルごとにそれぞれダイナミックなショウが毎晩繰り広げられるのは有名ですが、そこでデビューを飾ったフォー・ホースメン。でも彼らはそれぞれ個別にスカウトされて集められ、姿も分からないある存在からの指示で大規模なマジックをアメリカ全土で華々しく魅せていくんですね。彼らひとりひとりだと小物感あるけど、みんなでまとまって派手な演出の元でマジックを行うと、それだけでカリスマっぽい雰囲気が出てくるのが面白かった!その彼らが従う黒幕の存在とは何/誰なのかが最後の最後に明かされるんだけど、なるほど、過去に金庫破りに失敗してそのままイーストリバーの水中で亡くなったシュライクの息子がローズFBI捜査官(マーク・ラファロ)だったんですねー。黒幕は死んだはずのシュライクが実は生きてたのではと私は推理したのですが。フォー・ホースメンを必死に負う人間が実は犯人だったのはちょっとずるい手かなとも思いましたが、話が面白かったのでまぁ許そう。これを知ってからポスターを見ると、みんな黒い服なのにマーク・ラファロだけ白なんですよね。これ間違いなくわざとやってるんだと思います。
さらに、フォー・ホースメンの出資者トレスラー(マイケル・ケイン)、マジックの種明かしをして稼いでいるサディアス(モーガン・フリーマン)までも見事に陥れる手腕が鮮やか。見てて爽快でした。死んだ人いなかったし。

ローズと一緒にフォー・ホースメンを追うフラー捜査官(マイケル・ケリー)、インターポールから派遣された新人のドレイ捜査官(メラニー・ロラン)、この3人の組み合わせもとても良かった!ドレイが怪しく見えるようミスリードを誘っておいて、でも彼女はまっとうに「アイ」の謎を追う真摯な人物だったというオチも好き。でもローズと恋に落ちる必要はなかったかなぁ。このふたりは同志でいいと思うの。

キャストがとっても豪華なのも見て楽しめる一因でした。ジェシー・アイゼンバーグ。この人は早口で神経質に話すのがどうしてこんなに似合うんだろうか。メラニー・ロラン。大好きです。私の中では2000年代のエマニュアル・ベアール。この作品ではちょっと痩せたように見える。さらにマイケル・ケインとモーガン・フリーマンのおじいちゃん対決。そしてマイケル・ケリーはつい最近見始めた「ハウス・オブ・カード」にもレギュラー出演ですが、なんというかこの人は捜査官顔だよね。FBIとかCIAとかの追う側のキャラクターがとてもよく似合う。

で、この映画のテーマ曲がまたかっこいいんだが、これを作った人もかっこいいっていう。

Now You See Me (HD) - Brian Tyler [OFFICIAL]

最後の照れ笑いがキュートだぞ!


続編がつい最近まで映画館で上映してたので、逃してしまったのは今更ながら残念。

コードネーム U.N.C.L.E.

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The Man from U.N.C.L.E. (2015)


ちょっと私ごっちゃにしてたんだけど、この映画の邦題は「コードネーム U.N.C.L.E.」で、原題は"The Man from U.N.C.L.E."。1960年代に放映されていたドラマの原題も"The Man from U.N.C.L.E."だけど日本放映時は「0011 ナポレオン・ソロ」なんですね。原題が変わってないなら日本語の題名も統一すれば、60年代に見ていた人たちも映画館に足を運んだのでは?実際私の母に公開当時、今度「ナポレオン・ソロ」が映画になるんだよ、って話したら、あら懐かしいわねー、見たいわって言ってたもんなぁ。

あと誤解してたのは、「ミッション・インポシブル」シリーズみたいに現代に置き換えた話だと思ってたんですが時代背景はそのまま60年代なんですね。どうりでポスターのアーミー・ハマーのハンチング帽と茶色っぽいジャケットがちょっと古臭い感じに見えたのね。現代に置き換えるのは「ミッション~」でもうやっちゃってるから、というのもあるのかも。

同じ年に同じスパイ映画を持ってくるなんてガイ・リッチーとマシュー・ヴォーンの因縁が感じられるわね…なんていやらしい…。

これはもう続編なかったらおかしいでしょう、な終わり方でした。だってエンドロールでソロ、イリヤ、ギャビー、ウェーバリーの経歴をこれでもかというほどダダ漏れに出してくるんですよ。ものすごい意地の悪い終わり方だよね!ヘンリー・カヴィルはどうしてもアメコミヒーローのアイコンであるスーパーマンのイメージが付くからこういうのや他の作品にどんどん出演していくといいと思う。
いやしかし主役の2人がでかいでかい!ヘンリー・カヴィルが185cm、アーミー・ハマーに至って196cmですからね。そんなふたりが取っ組み合いの乱闘繰り広げるのはものすごい迫力があるし、ふたりに挟まれるギャビー役アリシア・ヴィカンデルがちっちゃく見えるもん。
修理工のギャビーがあんなに運転上手いなんて!?と思ったけどあーやっぱり彼女は只者ではなかった。演じるアリシア・ヴィカンデルがとってもお姫様扱いされてそれがもう可愛くって可愛くって!そして彼女の着る60年代の衣装がどれも素敵~!ごつくてデカい男ふたりがあーだこーだ揉めながらギャビーの服を選ぶのってもう夢のようにラブリーなシーンでしたよここは。

そしてヒュー・グラント。渋くなったなー!やっぱり私は主役ふたりよりこういうええころ加減に枯れ始めたおっさんが好き。でもね、この映画ではこーんなにかっこいいヒューも、90年代にL.A.で売春婦に手を出して捕まっちゃったり映画の宣伝で来日したのに夜飲みすぎて翌日の記者会見が二日酔いでボロボロだったことがあったのも知ってるからね私。

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さて2015年はスパイ映画が大豊作で、この作品もその中の1本。主だった作品は全部見ることが出来たのでランク付けするとしたら?

キングスマン
コードネームU.N.C.L.E.、ミッション・インポシブル
007/スペクター

の順かなぁ。キングスマンはやっぱり音楽と人物の服装のセンス(ビスポークのスーツをきっちりと着せた男にバリバリのアクションやらせるなんて監督のフェチ具合半端ない)が半端なく炸裂してたので、ぶっちぎりで1位。こちらはただいま続編を撮影中。
ミッション~は、5作目ということもあって安定のトムちんだけど、今回はベンジーのキャラが良かったから。逆にそれがなければちょっと危ういかも。
スペクターは、キングスマンでもからかわれてたけどシリアス路線が続きすぎてダニクレボンドは息切れかな。前作スカイフォールで新たにマニーペニーとQを出してきてMも交代したので何とか興味が途切れないままお話を持ってきてるけどブロフェルドの造形はしょぼかったし。そういう意味ではダニクレはこの作品でボンドを演じるのが最後でもういいかな、と私は思ってます。


きっと、うまくいく

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3 Idiots (2009)


原題は「3バカ」。でもそんな3バカの彼らが愛おしくて愛おしくて。涙で前が見えないくらいの良作でした。誰か私の涙腺に蓋をしてー!ていうくらい泣いたよ。

もうこれは出てくる人物みんなが魅力的なことに尽きる!そして3時間近くある作品なので、話の展開や登場人物の心情を丁寧に描いていて、お約束の歌とダンスもあるけどそれにすっごくノレるし(劇場公開時にはインターバルも入ってるよ!)、見ていて楽しくて面白くてあちこちのシーンでは感激で。その分、鈍感な私もさすがに最後のオチ(ランチョーの正体と、サイレンサーとの勝負の結果)は読めましたが、それを差し引いてもとーってもハッピーなラスト。エンドロールに流れる2回目の"All Izz Well"(アール・イーズ・ウェル=うまくいくよ)は、一緒に両腕を空に高く上げて踊りだしたくなる、ラストにふさわしい曲でした。

人生で、心から信頼できる友を得られるなんてそれは本当に一生の宝。進学した工科大学で出会えたランチョー、ファラン、ラージューの3人。みんないいところもそうじゃないところもある。でもそれをお互い補って助け合い、前へ進んでいく人生。本当にやりたいこと。自分はどう生きたいか。思い通りにはいかないかもしれない、失敗するかもしれない、でも「きっと、うまくいく」。それがこの映画のメッセージ。

「オデッセイ」もそうだけれど、ポジティブな映画を見た後は、なんだか力が漲ってくる。きっと自分自身の心の糧になっているはず。


最後にこの邦題の素晴らしさは手放しで褒めたい。「たぶん」や「おそらく」じゃなくて「きっと」を選んだセンス。内容にぴったりだし、その後に打たれた「、」がこんなに素晴らしい効果をもたらしている邦題はちょっとない。付けた人に花まるあげたいです。