ザ・コンサルタント 再見

疲れている時は、未見のものよりすでに一度見て話の筋を知っている作品をのんびりと見たい。ということで約1年ぶり、2度目の視聴です。

The Accountant (2016)

映画館で一度目を見た時は筋を追うのに精いっぱいで、分からない部分もちょいちょいあったのですが、二度目、かつ家で見たので分かんない部分は一時停止したり何分か戻してもう一度見たりしながら見進められたので、とてもよく理解できました。
改めて見ると、自閉症の男が表は会計士、裏は暗殺者という設定は、ずいぶん思い切ったなー! と驚きます。だって「レインマン」や「アイ・アム・サム」をあげるまでもなく、フィクションでは障害者が主人公=感動のストーリーっていうのが鉄板なので。そういう意味では「最強のふたり」は感動を押しつけてなくてよかったかと。

そしてこの映画はなにより脚本が本当によくできていると私は思っていて、本編に散りばめれた伏線はすべて見事に回収しているのが素晴らしくて。クリスチャン・ウルフを中心とした登場人物の造形も見事だと思う。特に、刑務所で同房になったフランシスが、クリスチャンが半端なく数字に強いという特性に目を付けて裏社会の人物と金の流れを叩きこんだだけでなく、自閉症がゆえに苦手とする人との付き合いや処世術を根気よく何度も教え込んだことは大きかったと思う。
それはおそらくクリスチャンが父から教わらなかった、かつ他の子供は当たり前のように教えてもらえたことでもあり、だからこそ感情に起伏がなく、他人の気持ちに寄り添うことが難しい特性を持ちながらもフランシスを慕うようになり、実の父が死んだ後は彼が父親代わりでもあったかと。だからフランシスが殺され、あんなにも激怒したんだろうね。

クリスチャンを抹殺する命を受けた男、ブラクストン。これもなにが見事かって、回想シーンでの兄弟の描写は兄に焦点を当てているので弟にはあまりフォーカスを当てず、だから彼は一度も名前を呼ばれることがなかった。見てるこっちもそれを特に不思議には思わないし、そもそもロボティック社の不正にかかわった人物を消すように指示された男の名が「ブラクストン」ということ自体もかなり後半でやっと明かされたくらいだし。
ちなみに特典映像での彼の名前の表記は"BRAX"(ブラックス)なんだよねー! 「ブラクストン」よりちょっとラフな感じがいい。兄のクリスチャンが重い雰囲気なので、なんかロリポップ舐めながら携帯で会話してたり、終盤のクリスチャンを迎え撃つ部屋でもひとりだけ武装もせずやたらと軽装で、全体的にちゃらちゃらしてるのがすごく「ブラックス」って感じ……?(いったい私はなにを言いたいのか……?)
演じるジョン・バーンサル、とても良いです。

全体のテイストが重いので、クリスチャンのZZZ会計事務所(本編でも指摘されたように、電話帳のいちばん最後にしか乗らないZで始まる事務所名からしてやる気がないというか、目立ちたくないってことがよく分かるよね)に家計の相談をしにきた老夫婦とクリスチャンのやり取りが非常にコミカルでよいですね。互いの間には最低限の会話と付き合いしかないんだけど(妻のほうは彼のおかげでうまく税金対策ができたせいか、もう少し深い付き合いをしたいと思ってるかな)、それが心地よくて。部屋のサイズをもう少し大きく言っとけ、と無言で親指を上げるクリスチャン。彼らの目の前で男を絞め殺したあとで、じゃ、と手を挙げてあいさつ代わりにするクリスチャン。彼にとってはこれもまた、精一杯のコミュニケーション術なんだけど、世間とのズレが笑えて。
まぁ老夫婦にしたら、家の会計をお願いした男が銃の腕前と殺傷能力にも長けていただなんて、呆気にとられて当然なんだけど、ここはとても笑えます。彼らに対して礼儀正しいクリスチャンには好感が持てるし、殺し屋という悪事に手を染めているのに彼を応援したくなったり共感できる演出でもありました。


クリスチャンに時おりかかってくる電話とその内容。通話の相手は最後にクリスチャンが幼いころに過ごしたハーパー診療所でジグソーパズルのピースを拾ってくれた女の子だったことが分かるのですが。クリスチャンは稼いだ金の多くを匿名でその診療所に寄付している。彼女もその診療所を設立した彼女の父も、寄付のおかげで安心した生活を送れ、金の心配なく診療所を運営できている。その彼女が使うPCは、国防総省にハッキングできるほど高性能のもの、と訪問者が指摘するんだけど、ということはつまり、彼女が国のトップのあらゆる機関に侵入して得た情報からクリスチャンに様々な指示を出してるってことで合ってる? もしそうならクリスチャンが寄付した金は、巡り巡って本人に還元されているとも言えるかなぁ。


貸倉庫に置いてあるトレーラーハウスの中にはたくさんの銃だけでなく、世界各国の紙幣と偽造パスポートがしまわれているのもあり、私はジェイソン・ボーンに似たテイストを感じましたが、一緒に見た夫は「パーソン・オブ・インタレスト」に似てると。彼曰く、クリスチャンに掛かってくるあの電話はフィンチからでもおかしくない、と。私にその視点はなかったのでちょっと驚き。
ちなみにクリスチャンが農場でメロンを撃つ時に使った銃はBarrett M82A1M。これの類型がPOI S1Ep08のBarrett M107です。ほんとどうでもいいネタですが、映画館で観た時「この銃はー!」となったので。
しかし普通は置いて使う銃を担いで撃つクリスチャンってどんだけ怪力なの。すごいよな……。

The-Accountant-Barrett M82A1M poi-Barrett M107


今のところ続編は噂でちらちら聞こえる程度で確定はしていないようですが、私はぜひ見たい。話の続きというよりは、ブラクストンは兄に再会するまでどんな人生を送っていたのかとか(Side Braxton ってやつですね)、クリスチャンが過去に様々な国でしてきたであろう会計士や殺しの仕事とか、まだまだ描ける部分はたくさんあると思うので二作目もおおいに期待したいです。

砂上の法廷

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The Whole Truth (2016)


大好きな「フローズン・リバー」の監督、コートニー・ハントの作品。邦題もなかなかよいと思います。
キャストも描き方も音楽も全体的にとてもとても地味なんだけど、それがかえって最後のどんでん返しに向かうじわじわ感がありました。
私は最初、母親のロレインと息子のマイクが結託して夫であり父親のブーンを殺してお互い庇い合ってると思ってたんですよ。そしてずっと黙秘を続けていたマイクが法廷で父親から虐待を受けていたと衝撃の事実を述べるんだけど、その証拠はどこにもなんにもないわけで。この部分が少し弱いとは思いましたが、さて弁護士のラムゼイはマイクがそう言うのをあらかじめ知っていたのか? それとも本当に知らなかったのか?
死人に口なしとはよく言ったもので、母親と息子が証言台に立って話すことで、ブーンという人物を妻と息子に暴力をふるう極悪非道な男だと描き上げて陪審員の心理を操作しているようにも見えました。もしそこまで考えてやってたとしたら、特にマイクは父のように法律家を目指して勉強しているのもあって、ラムゼイよりもずっと策士でそうとうな切れ者だな、とも。
最後の最後にブーンを殺したのは実はロレインと恋仲になったラムゼイだったことが分かるのですが。そこに予期せぬマイクの帰宅で計画が狂ってしまった。マイクはラムゼイがブーンを殺したことを知っている。でもラムゼイはそれを知らない。だからこの裁判で最後に笑ったのはマイクってことになるよね? 今度マイクがそのネタでずっとラムゼイを脅し続けることもできるわけで。
そのすべてを第三者というか傍観者の立場で見ているのが新米弁護士のジャネイル。彼女の得意な分野は人の嘘を見抜くこと。だから彼女はラムゼイもロレッタもマイクもみな嘘をついていることが分かるんだけど、ラムゼイが言う「弁護士は皆 選択を迫られる 真実の追求か 依頼人の利益か」という言葉。ラムゼイは自分の仕事に忠実に弁護をやり遂げた(=裁判に勝った)のだけど、真実は闇に、しかも殺人を犯した当の本人によって葬られたというのがなかなかに背すじの凍るドラマでした。
ハッピーエンドな話じゃないし、暗い終わりかただけど私はこういうの好きです。ちょっと「真実の行方」(1996)に似てるような。もうだいぶ前に見たっきりなのでうろ覚えだけど。
ロレッタ役がレネ・ゼルヴィガーだったことにはびっくりでした。以前の面影がまったくない。エンドロール見てもまだ信じられなかった。
弁護士をしているけれど事務所を構えていないらしいラムゼイは、演じるキアヌ・リーヴスが長いこと家を持たずホテル暮らしをしていたことを反映してるようにも思えました。キアヌにはバイクに乗る姿がほんとによく似合う。

スター・ウォーズ/最後のジェダイ

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Star Wars: Episode VIII - The Last Jedi (2017)


辛口の感想です。前作「フォースの覚醒」で旧作のテイストを存分に救い上げて見事にこのシリーズを復活させてくれましたが、その後の展開がちょっとうまくいかなかったかなぁ、という印象を持ちました。レジスタンス側とポーの描写がぶれてるような気がしました。まぁファーストオーダー内とレジスタンス内のどっちも内輪もめしてたねそういや。
この映画でなにがいちばん嫌だったかというと、冒頭でペイジが爆弾投下のボタンを押し、後半ではホルドがファーストオーダーの戦艦に突っ込み、さらに終盤はフィンがレジスタンスが避難した基地を攻撃しようと発射させたレーザー砲に向かって突っ込もうとする描写があったこと。自分の命と引き換えに何かを成し遂げるのは見てて辛いのにそれが三度もあってなんだかなぁ、って思ったのです。さらにそのフィンを横から自分の戦闘機を突っ込ませて止めたローズの行動はどう解釈すればいいの。生きることが大切よ、みたいなことを彼女は言ったけれど、その状況でしなければ、言わなければいけないことなんだろうか。この辺の展開がどうにもこうにもダメで。攻撃を止める方法をもうちょっとよく考えてほしかった。
152分は長すぎるよね。間延びした感じが拭えなかった。フィンとローズの恋愛はいらなかったね。フィンは「正しいことをしたい」とストームトルーパーであることをやめてファーストオーダーに背いた人間なので、古巣でのファティマ将軍との対決にもっとフォーカスをあてても良かったと思う。
レイとレンの関係は特にこれといって明かされることがなく次作に持ち越しって感じかな。カイロ・レン役アダム・ドライバーはマスク取ったほうが味があってよいね。なんで上半身裸なのか分かんなかったけど。あのシーンはわたしも「服着ろ!」って思った。
レイ役デイジー・リドリーの力強い眼差しは大好きです!彼女も過去のルークと同じようにダークサイドに近づけば近づくほど服の色が暗くなっていくのがすっごく好き。レンとレイの背中合わせのファイトシーンはすごくかっこよかったけどアクションシーンにおけるスローモーションが多用されすぎかな、とも。スター・ウォーズって今どき他の映画ではほとんど見られないワイプで画面を転換するし、旧三部作当時の撮り方をかたくなに守ってる感じがするのでその世界を壊さないようかつ最新の技術を取り入れてほしいなって。
今回はポーにいまいち感情移入ができなかったのもなぜだろう……。世の中は昔より複雑になって人間は簡単に善と悪には分けられなくなったけど、このシリーズには古典的なヒーローがいてもいいんじゃないかなと思いました。
「フォースの覚醒」のハン・ソロに続き、今作ではルークが逝きました。こうやって順に次の若い世代に託されていくのだなぁと理解はしつつも本当に寂しい。ミレニアム・ファルコン号にハン・ソロが乗っていないことがたまらなく悲しかった。
こうやって新作が生みだされても、クラシック三部作におけるルーク、レイア、ハン・ソロのキャラクターは完璧だったんだとしみじみ思いました。たとえこの先も続編が作られ続けても、あの三人を超えるキャラクターはもう出てこないだろうな、とも。
最後にルークが見た二つの太陽。あれは死にゆく彼の見た故郷の幻影だけど、かつて砂漠の星タトゥイーンで冒険に憧れた青年は広い世界に出て父を知り、やがてジェダイの騎士となった。私たちはルーク・スカイウォーカーの一生を見届けたのだと思うと、ここはただただ号泣でした。
レイとレンの運命やファーストオーダーに抵抗するも圧倒的に兵力が不足しているレジスタンス。ポーやフィンはどんな活躍を見せるのか。それらを次作(かつ最終作かな?)でどう描いてくれるのか楽しみです。

ホルド提督(だったかな?)役の女優さんがどっかで見たことある、でも思い出せーん!と上映中ずーっと悶々としてましたがローラ・ダーンでした! 前作に出てたスタトゥラ提督役ケン・レオンは今回出てなくて残念だった。実はこっそり再登場を期待してました。
個人的にはこの映画でいちばん好きなのはハックス将軍でした。冒頭でポーからおちょくられている時点で彼はお笑い担当なのかな? って思ったし、全編にわたってなんかもうかわいそうなんだか面白いんだかなキャラクターで最高かよハックス将軍。演じるドーナル・グリーソンはすごく男前なのに。次作でのハックス将軍にも期待してます。

WIREDの映画記事はいつもクオリティ高い記事を翻訳してくれます。

https://wired.jp/special/2017/starwars-lastjedi/

Savannah

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Savannah (2013)


エマさんに続いてカヴィーゼルも今月お誕生日だから彼の出演作をなんか見よう、って思いましたがもうすでにあらかた見尽くしてしまったので日本未公開のものに手を出しました。字幕なしだったのでスクリプトとにらめっこしての視聴。理解度は40%……かな。南部なまりの英語を話されるともう完全にお手上げ。
ジョージア州のサバンナ川でカモ猟をしていた実在の人物、ウォード・アレンのお話。正直これでもかというくらい地味な映画なんですが、空撮で撮ったサバンナ川の景色がめちゃくちゃきれいなんですよ。そしてびっくりするくらい音楽が美しくて、それはもう胸を抉られるくらいに。スコアを探して弾きたいなと思うほどピアノが美しい旋律を奏でております。この二点は高く評価したい。

ウォードと一緒にずっとカモ猟をしてきたクリスマス(12月25日に生まれたからクリスマスって命名されたというびっくりな名付け。演じるはキウェテル・イジョフォー)が晩年にウォードとの思い出を語るという形式でお話が進みますが。
んんー、これ、何に焦点を当てたかったのだろうか。ウォードの人生を描いたお話ではあるんだけれど、カモ猟、ルーシー(ジェイミー・アレクサンダー)との出会い、クリスマスとの絆、と色々あるけどどれも中途半端なせいか結局何も残らなくて。個人的にはアメリカ南部という人種差別が色濃い土地で元は奴隷だったアフリカ系のクリスマスとどういう経緯で彼がカモ猟の相棒になったのかは知りたかった。

1900年代初頭、アメリカが好景気に沸いて勢いのあった時代、国外に出てオックスフォードで学び頭がよいだけでなく弁も立つウォードは裁判でも弁護士を立てずに全部自分で弁明して相手をやり込め勝訴をもぎ取っちゃう(笑)くらいの人物なんだけど、カモ猟で生計を立てている、というか飛ぶ鴨を撃ち落とす腕が半端なくて、多分百発百中なんじゃないかな。ウォード自身ハンターという職業におおむね満足している。愛嬌のある性格でもあり、周りからも好かれて欠点など何もないように見えるんだけど、いかんせん酒癖だけはひどく悪く、お互い一目ぼれのような形で恋に落ちて結婚した妻ルーシーからはそれが原因で次第に愛想をつかされつつあるのですが。
自宅で妻から飲みすぎを咎められて威嚇するかのように発砲したことで、さすがに今回ばかりはいつもの判事も甘い顔はできず刑務所に10日間の拘留。そのあいだに彼が新聞に寄稿した文章はとても素晴らしく美しい内容でした。

しかし中盤で起こる物語の転換期が妻の死産とそれによって精神を病んだルーシーというたいへん暗い出来事で。夫婦一緒にその悲劇を乗り越えていくのかと思いきや、彼女の両親が娘のルーシーを引き取り、遠く離れた地へと旅立ってしまうのですよ。そういうのがあたり前の時代だったのか、それとも彼女の一家が裕福だからそういう手段を取ることができたからかは分かんなかったけれど。
少し前にはどこに行くにも猟にも一緒だった愛犬も亡くしているウォードはたったひとりの孤独な人生を送ることになり、その後立ち直ることはなかったんでしょう。年老いたクリスマスの部屋には一緒に猟をしていた頃の若いウォードの写真が飾ってあることからも、多分彼は最期は愛したサバンナ川で自殺したんだと思う。
終盤でウォードが川に浮かべた木彫りの鴨。あれは生まれてくるはずだった子供に贈るつもりでいたんだと思います。このシーンは本当に辛かった……。

ルーシー役のジェイミー・アレクサンダーが光りました。私、こういうちょいきつめの顔立ちの女性が大好きなんです。ミシェル・モナハンとかサンドラ・ブロックとか。この映画のジェイミーは眉毛が細いせいか、なぜかドラマ「ツイン・ピークス」のララ・フリン・ボイルを思い出しました。

カヴィーゼルは実在の人物を演じるのが好きですね。私としてはせっかくのその美貌を活かしてもっと華やかな役についてもいいと思うのですが、まぁ本人が好きで選んで演じてるのならいいかな……。でもたまには商業大作映画に出て欲しいし日本の映画館の大きなスクリーンで姿を見せてくれ~、と東洋の隅っこの国から愛を叫んでみる。

Savannah Gil Talmi


ジョイ

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Joy (2015)


ジェニファー・ローレンスはなぜこんな若くしてすでにどっしりとした存在感を身に着けているのだろう……。2013年にはオスカーを受賞して像を受け取りにステージに続く階段をあがろうとしてコケた姿さえ堂々としてて、でもまだ残る実年齢相応の可愛らしさもあって(ちなみにこの時、近くに座っていたヒュー・ジャックマンが彼女を助けようとサッと駆け寄っています)。


手を汚さず手元の柄を回せば絞れるモップ。吸水性は抜群。汚れたらヘッドから外して洗える。小さいころからモノ作りが好きだったジョイ(ローレンス)が発明した革新的なモップ。父親(ロバート・デ・ニーロ)の恋人(イザベラ・ロッセリーニ。すごい迫力でした!)から資金を出してもらい、工場で生産してQVC(24時間放映のショップチャンネル)で紹介したらバカ売れ。だけど成功してめだたしめでたし、で終わるお話ではなく。
ジョイはあまりにもしっかりしてるから、かえって皆が彼女を頼ってしまう。彼女もまた、頭がよくて冷静すぎるから、両親の離婚と同時に金のかかる大学進学をあきらめる。素敵な男性と出会って結婚してすぐに子供も立て続け2人授かり、でも夫は働かず、働いても収入は不安定、まだ幼い子どもの前で夫婦喧嘩ばかり。典型的な貧困ぎりぎりの家庭。そう、ジョイは今までずっと諦めてきた人生を送ってきた。だからこそ、開発したモップが売れるようにするためにする努力と払う犠牲はなみなみならぬもので、膨大な負債を抱えても、モップの生産と販売の権利を失っても、今回だけは絶対にあきらめなかった。
見てて分かるんです。頭を悩ませる日々のいろんなことや次々起こるトラブルにもううんざりで、しかし解決策を見いだせない社会的に立場が弱い女性だったのが、自分が理想のモップを完成させて売れるまでの険しい道を歩み始めたジョイの姿は、勇ましいファイターそのものでした。
中盤から出てくるQVCのニール(ブラッドリー・クーパー)が話すTVショッピングの仕組みがすごく面白くて思わず見入りました。そしてニールは商品の解説をする司会の女性たちふたりを撮っているカメラマンに向かって「手だ、手を映せ。来るぞ、もうすぐ来る。そこだ、手だ! 手をアップにしろ」っていうくだりがすごく引き込まれて。なるほど手かぁ、って。これ見たあとではTVショッピングの見方が変わりそうです。

デヴィッド・O・ラッセル監督のもと、ジェニファー・ローレンス、ブラッドリー・クーパー、ロバート・デ・ニーロが出演といえばもちろん「世界にひとつのプレイブック」が思い出されます。そして「世界~」の時と同じように、やはりこの映画でも家族みんながあれこれ好き勝手言いあう丁々発止のやり取りのシーンがあるんだけど、なぜこの監督はこういうシーンを撮るのがうまいんだろう。複数の人物がわいのわいの言い合ってるだけなのに、ちゃんとどんな話をしてて何を揉めてるのかがすごく分かりやすくて、ただの言い合いや喧嘩で終わるんじゃなくて見応えのあるものになっててぐいぐい引き込まれる。役者もそれを切り取る監督もうまいなー、すごいなーって思う。

それにしても、ワイングラスを割っちゃったらまず先にグラスの破片を取り除いて、それからモップ掛けるんじゃないの? そしてこぼれたワインと割れたグラスを一緒くたに拭いたモップを手で絞ったら、そりゃ大けがするに決まってるのになんでそれをしちゃうんだろう? これは国民性なの? その雑さと見通しのなさにはちょっとびっくりでした。


DVDスルーするにはもったいないくらいの作品でしたが、昨今はDVDスルーだけでなく映画館で公開されずに直接配信サービスのネットフリックスで公開、という作品もものすごく増えました。
でもフィルムで撮影しなくても、劇場で公開されなくても、DVD化されなくても、映画は映画であることには変わりないんですよね。「映画」の定義はこれからもどんどん変わっていくんだろう。