ダンケルク

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Dunkirk (2017)


観た後しばらくは言葉にならなかった。どう表現したらいいのか分からなくて、どんなに言葉を尽くしてもうまく言い表せないようにも思いました。まったく新しいタイプの映画、という印象。ドキュメンタリーにもとれるし、その作風が話と恐ろしいほどに調和していて、最初から最後まで、自分もあの海岸沿いに放り込まれたような恐怖の体験をしました。
そして複雑な構成をしているのに最後に全部がまとまる展開にはもう感服しかない。ダンケルクの海岸沿いが1週間の物語。兵士たちの救出に志願した観光船の父と子と少年の物語が1日、ドイツ機を撃墜するために出陣したパイロットの話が1時間。これが複雑に組み合わされて同じ時を描き出すのにちゃんとストーリーが分かるし、最後は3つの時間軸が同時に終結するのってすごくないですか!? 目の前でものすごくきれいなマジックを見せられたようだった。
もちろんその時間軸の違いのない、ごく普通に時系列で話が進行する映画だとしても絶対面白かっただろうけれど、それぞれ違う時間の描き方を持ってきて組み合わせたのがトリッキー、かつすっと理解できて、このあたりノーラン節炸裂だなと思った。彼は時間や空間をいじるの好きですよね。映画を立体的に見せようとすることに対して限りない熱意を感じる。

そもそもこの映画、敵であるドイツ軍を徹底的に描いて「いない」ことで、戦争映画と呼ぶにはちょっと違うかな、と思う作品になってるし、ダンケルクに残された兵士をどう救うか、本国イギリスの政治家たちが国会で喧々諤々と議論するシーンもなければ、チャーチルの演説は帰還した兵士が新聞記事で読むという描き方だし、つまりこれは国どうしが敵対する戦争を描いたのではなく、ダンケルクという場所における、陸、海、空の三方向から戦場での恐怖を描いた作品なんだなと。視点を変えれば今までとまったく違う話を作ることができるのって、まさに映画の醍醐味。
戦争映画は個人的には苦手なのであまり多くは見ていないけれど、戦地での悲惨さ、むごたらしさに焦点を当てるとリアリティ重視の「プライベート・ライアン」(1998)になるし、兵士たちの心情に深く迫った結果、詩的な表現へと大きく傾くと「シン・レッド・ライン」(1998)になるのかなぁと思いました。なので「ダンケルク」はその中間を行く、ある意味見やすくとっつきやすい戦争映画なのかなとも感じました。

ダンケルクにおいては「撤退すること」が勇気ある行動だったんですね。どう見ても負け戦だけれど、兵士という人間がいちばん大切と考え、彼らを国に戻すことを第一にしたのはすごいと思う。だって日本は逃げたり敵に捕まることは恥、それくらいならいさぎよく散るのをよしとしたのに、全然違うじゃん……ダンケルクから無事帰還した兵士たちは、みな必ず温かい紅茶とジャムを塗ったパンで迎えられたことがそれをよく表しているとおもう。だけどそんな彼らも態勢を立て直したら再び戦場に送られただろうから、ほんと戦争における人の命の価値ってなんだろうと考え込んでしまう。


キャスト。海の3人はフィン・ホワイトヘッド、アナイリン・バーナード、ハリー・スタイルズ、みなフレッシュな新人ということで無名ですが(スタイルズは1Dで有名ですが俳優としては今回が初出演なので)、俳優のことをあまり詳しく知りすぎるとバイアスかけて見ちゃう私のような人間は、かえって先入観なしで見ることができて良かったです。何度も何度もダンケルクから脱出しようとするのにそのたびに追い返されたり船が撃墜されたりで、結局もとの浜辺に戻ってきてしまうのは、辛さを通り越してもう虚しさしか感じられなかった。それでも過酷な環境の中、あきらめずに生きる意志を持ち続けるのって並たいていの事ではない。
彼ら3人と同じく、船での救助を待つ兵士たちは皆、浜辺に一列に並んでただ待つことしかできない。そこをドイツ軍のメッサーシュミットが飛んできては狙い撃ちのように爆撃していくのに、ただ地面に伏せてやり過ごすことしかできないなんて、もうほんとうに、空しさでいっぱいの光景にしか見えなかった。

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そしてこの映画のもうひとつ不思議な部分は、台詞も極端に少なければ、個人の名前がほとんど出てこなかったこと。遊覧船に救われた兵士(キリアン・マーフィ―)もそうだけど、桟橋から状況を逐一分析するふたりの軍人も「(陸軍)大佐」(colonel。ジェームズ・ダーシー、さいっこうにかっこよかった!)、「(海軍)中佐」(commander。となりに並ぶダーシーとの体格差が対照的で、かつ激シブだったケネス・ブラナー!)と肩書しか出てこなかったし(うろ覚えだけど役職名でしか呼ばれてなかったはず……)。台詞が少ないぶん、このふたりの会話の「なにが見えますか?」「故郷(home)だ」が非常に印象に残りました。

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あえて名前を与えないでおくことで、観客に特定の人物に感情移入させないで全ての登場人物を見渡してほしいという狙いがあったのかもしれないし、名もなき人たちがそれぞれあの場でできることをしたんだよ、と言いたかったのかなぁとも。
なので空軍のふたりは、最初こそ無線ごしにコードネームを呼び合っていたけれど、パイロットのファリア(トム・ハーディ)とコリンズ(ジャック・ロウデン)はいちばん名前が何度も出てきた人物だと思う。

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名前が連呼されただけあって、ラストはファリアが魅せてくれました。燃料切れでプロペラが回らなくなった彼の乗るスピットファイアが、音もなくすーっとダンケルクの海岸沿いを飛ぶところから、着地してファリアが操縦桿を壊して飛行機ごと燃やしてしまい、ファリア本人もドイツ軍に捕まるまでの一連の流れは、ファンタジーのようであまりにも美しかった。さっきまでわたしたちはずっと、海に落ちずぶぬれになり、船内から出られずに死んでいく者たちを目にし、場所によっては重油まみれの兵士が焼かれていく姿さえ見てきた。そんなイギリス人兵士が大勢乗った船をメッサーシュミットがこれでもかと爆撃するのを大音響でをいやと言うほど見てきた。
なのにあのラストは、うるさいほどの飛行音や爆撃音はすべて消え失せ、着地するまで静寂の中ダンケルクの上空を進み、海岸に不時着したあと燃やされる飛行機と、それを見つめるファリアの姿にただただ美しさしか見いだせない、あまりにも対照的なシーンで、ここはものすごくエモーショナルなシーンで私は涙が出ました。少々美しすぎるかなぁとも思いましたが、あれは監督のトムハに対する思い入れがあそこに全部つぎ込まれていたかな、とも。
ノーランはほんとにトム・ハーディが大好きだよね。「ダークナイト・ライジング」でも彼をヴィランにして、しかもマスクで目以外を覆わせたけれど、今回のスピットファイアのパイロット役もやっぱり目以外は覆われていて、監督どんだけトムハとトムハの目が好きなの! そういや「マッド・マックス」でも同じく口元を覆われてたことを思いだしたのでした。なんだよみんなトムハの目が性癖なのかよ。

夜の汽車乗り場で毛布を配る盲目の老人役でジョン・ノーランが出てました。

あと特筆すべきは「音」かな。大音響の爆撃音、飛行音だけでなく、背景の音楽に混ぜ込まれた時間をカウントするようなチクタク音がずーっと流れてて、こちらの神経を思いっきりすり減らしてくれました。助けは来るの? 間に合うの? 大丈夫なの?って見る者の不安と恐怖をおおいにあおってくれて、あれはほんとに怖かった……。


クリストファー・ノーランの作品は今までは「メメント」がいちばん好きだったけど、これが一番に取って代わられたかもしれません。個々の映画をもっと深く理解するにはもう一度劇場で観たいし、もう少し時間も置きたいなとも思いましたが、まずはファーストインプレッションの感想をあげました。
本当に素晴らしい映画だった。もしかしたら今年のNo.1かもしれない。


T2 トレインスポッティング

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T2 Trainspotting (2017)

"T2"という文字を見ると即「ターミネーター2」を思い出す世代でもあるのですが!これは邦題のみに付いてるのかと思ったらちゃんと原題についてました。
私のこの映画への評価は実はそんなに高くなくて、100点中なら75点かなぁ。そのうち25点は前作へのノスタルジーを含むって感じだし。前半はレントンとサイモン(シック・ボーイ)と彼がヴェロニカと一緒にやってる仕事の話がけっこう長く続いて、後半レントン、シック・ボーイ、スパッド、ベグビーの4人全員が再会したあたりから面白くなってそのまま一気にラストへと突っ走っていったのでそのあたりは面白かったしドキドキもしました。でもね、欲を言うならラストはまたUnderworldの"Born Slippy Nuxx"を流してほしかったんだよねー!あの疾走感と未来の見えなさとそれでも少しの希望と若さならではの向こう見ずな態度とスピード感。前作のあの震えるほどに最高なラストシーン、とここまで書いて今やっとわかった。彼らはもうあの時とは同じではなく、40代という年齢になったんだな、と。ベグビーはもうおじいちゃんな年齢だしね。でも、今作でエディンバラの街を歩くスパッドの前を20年前の丸坊主でやせっぽちのレントンが走り抜ける幻のようなシーンにこの曲のイントロがほんの少し流れた時、私は不覚にも泣いてしまった。もう一度大きなスクリーンで彼ら4人と共にまたあの曲を聞きたかったな、とちょっと未練がましく思う。もしほんとに流れたら間違いなく号泣しちゃっただろうけれど。

前作の不況で町全体が沈んで薄暗くてどうしようもない閉塞感が描かれた時とは違って、レントンが降り立ったエジンバラの空港が明るくてきれいなのに驚いてしまった。そりゃそうですよね、20年も経ってるんですもん。でもブレグジットでEU脱退後のスコットランドは今後どうなるのかなとも。独立するのかもしれないしまた不況になるのかなとか、色々考えます。そしてうまくいくかに見えたレントンでさえも、結局は過去から逃げ出せなかったんだ。前作は向き合う相手は「今」だったけど今作は「過去」だよね。でもラストシーンを見ると彼らは一歩進めたと思うよ!
それにしてもレントンはともかく他の3人はあんなに薬を乱用しまくってよく今まで死なずにいたなぁとそっちに感心してしまった。おまけにレントンだけじゃなくベグビーもスパッドも結婚してさらにふたりは子供までいるなんて、おいおいまじかよって思ったけど。

スパッドが書いた物語。ラスト、それを読んだ妻が「タイトルが浮かんだわ」と言うのだけど、そのタイトルが"Trainspotting"なんじゃないかなと思う。彼ら4人に起こった出来事を20年後にスパッドが書き起こした視点で客観的に浮かび上がらせてこの映画はとうとう完結したのかな、と。きっちり〆てくれたなとも思いました。
いやいやしかし場面をさらっていったのは意外にもスパッドだったね!彼のきったない文字で書かれた小説や他人のサインを一目見れば同じように書ける才能を活かしてお金を送金とか。「手書き」っていうのもアナログな私の心をくすぐってくれました。レントンを殺そうとしたベグビーを便器でぶん殴って助けたのもスパッドだったし、まさかの大活躍ですよ。
そしてシック・ボーイってサイモンっていう本名だったんだね!?前作で出てきたっけ?もしかしたら21年ぶりに知ったのかも。演じるジョニー・リー・ミラーはこの映画の役柄が印象強いので、ドラマ「エレメンタリー」もS1見ましたが、やっぱり彼はシャーロックじゃなくて私の中では永遠にシック・ボーイ。


ところで今の10代後半~20代の若い世代の人たちが1作目と2作目を見たらどんな感想になるのかなぁ。意味わかんない、とか言われちゃうかしら。なにせ今じゃクスリの摂取はスプーンに盛った粉状のものをライターで炙って液状にしてから注射器(もちろん針は仲間で使いまわしがお約束)で吸い上げて、腕をベルトで縛り上げて肘の内側をバシバシ叩いて浮き出た静脈にぶっすり刺すんじゃなくて、カラフルな錠剤を経口摂取だもんなぁ。ヤバいクスリもずいぶんとお洒落になったもんだ、と思うほどに私が歳をとったんですね。

映画館でいただいたポストカード。前作のも買って揃えたくなりました。




トゥルー・カラーズ

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True Colors (1991)


週末もジェームズ・スペイダー。
これ、「僕の美しい人だから」より後の作品なんですね。えぇー!ということはスーザン・サランドンと共演した時、彼、何歳だったんだ!?と驚愕ですが、今はそっちの話ではないのでやめときますね。

んんー、これ、スペイダーとジョン・キューザックの役柄が逆だったら良かったのでは?などと思いました。出会いは最悪(学園ものによくある!)、でもその後は意気投合したリッチなルームメイトのティム(スペイダー)に自分の貧しい出自を隠して野心家で親友の恋人と結婚して政治家目指して当選したピーター(キューザック)。しかし友人が囮になった捜査で不正を暴かれ逮捕、失墜、っていう流れなんですが、ジョン・キューザックが若き政治家、というのがどうも似合わなくて(すまん)。スペイダーが演じたらもっと闇っぽくなっていいんじゃない?で、キューザックは育ちがよくていつも周りが華やかで性格とかもあんまりけがれてなくて、あくまで友人を思うあまり不正を暴くのに手を貸した、みたいな状況に陥るのです。どうかなぁ。


あのねジェームズ・スペイダーってちょっとアンドリュー・マッカーシーに似てる。雰囲気が。80年代当時はブラットパックの一員にも数えられてたけれど彼はちょっと違うような気がする。もうちょっとミニシアター寄りと言うか、マニアックな感じ。なのでクローネンバーグの「クラッシュ」はすごいぴったりだった。
フィルモグラフィ見ると、スペイダーはここ最近はずっとTVドラマに出てるんですね。


監督はハーバート・ロス。ロスといえばやっぱり「フットルース」。「摩天楼はバラ色に」も面白かったですし、この映画でもスペイダーとキューザックの大学生活のシーンが光り輝いてて、あーこういうの撮るのほんとうまいなって。

追憶と、踊りながら

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Lilting (2014)


リチャード(ベン・ウィショー)はなんとかして亡くなった恋人カイの母ジュンを助けたい、分かりあいたいという気持ちでいるんだけれど。これは難しいね……カイは母に結局カムアウトしなかったしできなかったし、しようと思っていた日に交通事故で亡くなってしまったのだけれど、母親は息子が一緒に住んでいる友人が「恋人」だと分かっていたと思うの。だからあんなにリチャードを嫌っていたのだろうし、何年過ごしても慣れることのない異国の地で、自分が理解できない言葉を話す、息子と同性の恋人。それを理解するのはとても難しいとも思う。カイは母親のことを心配していたけれど、リチャードのことも大事。愛情の板挟みになっていたのは事実だろうね。
カイと違ってリチャードはカムアウトすることに抵抗はなかったので、そのあたりもカイはリチャードには自分の悩みを理解してもらえない、という悩みもあったのかも。とてもセンシティヴなお話でもありました。
カイ側だけでなく、リチャードの家族や家庭環境も描写してほしかったなと思いました。例えばリチャードの家族は彼のセクシャリティに対して異論はないのかとか、親との関係は良好なのか否か、とかね。

リチャードが雇った通訳のヴァンも、通訳が本業ではないから、リチャードが言ってないことを勝手に推し量ってジュンに伝えてしまったりと、ちょっとやらかしてもいるのだけれど、意外にもリチャードとヴァンの関係は良好で。
私がいちばん好きだったのは、始めの頃のリチャードは自分が言ったことをヴァンに「今のは訳さないで」と頼んでた。自分の気持ちに自信がないというか、カイとの関係をはっきり言ってないことに後ろめたさがあったんだろうと思うのですが、それが後半で、ジュンと口論のような会話になってきて、でもリチャードははっきりと自分の気持ちを伝えて、ヴァンには「今のちゃんと訳して」と、本音が言えるようになったことでした。心境の変化が通訳する/しないで表されるのがとてもよかったの。

ラストはこの先は少しずつリチャードとジュンの関係は良好なものにはなっていくのかなとも思いつつ、言ってしまえば彼ら二人のつながりはカイとリチャードの間に婚姻関係こそ結ばれていないけれど嫁と姑の間柄だもんなぁ。難しいよねぇ。唯一の共通点であるカイは亡くなってしまっているのだし。
同じ人間を愛しているのに、その愛は違う方向から向けられたばかりにリチャードとジュンが憎しみ合うのはひどく奇妙ではある。でも一筋縄ではいかなかったり簡単にことが進まないのが愛でもあるよね。


この映画のベン・ウィショーは、彼の持ち味が120%全開でした!詩的で繊細で見せる涙までもがとにかく何もかも美しくて、線が細い体をくしゃっとしたシャツで包んで立つ姿は私の乏しい語彙では魅力的としか言えないんだけどこう、セクシーさが漂ってですね、それでいて透明感に溢れていて。あぁあなんて言えばいいの!(ちょっと落ち着こう)
久しぶりにウィショーくんの演技を見ることができてすごく幸せでした。もっと彼の映画見ないと……「パディントン」も早く見ないと……!

ダークナイト・ライジング

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The Dark Knight Rises (2012)


コミック・ヒーローものではあるものの、今の世の中勧善懲悪で済む単純な世界ではないことは重々承知だけども。なんだろうこの見終わった後とってもすっきりしなかった感……。そしてとにかく上映時間が長い。三部作の最後の作品だから色々描きたかったことはあるのだろうけれど、2時間44分ってちょっと長すぎやしない?もうちょっとタイトに絞らない?しかも話が平坦で大きな盛り上がりや心をガッと掴むシーンがなくて。オープニングシークエンスはすごい迫力だったんだけどなー。最初がすごかったからその後がつまんなく感じちゃったのかな。
あとバットマン=ブルース・ウェインはバットマンスーツを着たら超人的な能力があるというよりは、うなる財力で乗り物や武器を作ってもの言わせてる部分はあるので今回はヴィランのベイン(トム・ハーディ)との対決は意外とガチ勝負の殴り合いだし、その結果徹底的にボコられたバットマンは負けを喫してしまうんですが、そこまでひどくやられちゃうと見てるこっちはなんだか悲しくなってきてしまって。結局最後に核爆弾を海の沖まで運んだのが唯一バットマンが活躍したシーンってのがなぁ。ノーラン版バットマンって1、2作目もこんな感じだったっけ?過去作をよく覚えてないのも敗因だったのかも。
あと私は役者目当てで見てきたようなものなので、今回ゴードン本部長(ゲイリー・オールドマン)が負傷して前半はほぼベッドに寝たきりだったのと、アルフレッド(マイケル・ケイン)がブルースの元を去ってしまったのがものすごくショックで。アルフレッド、何があってもあなたはブルースの傍を離れてはダメなの!そういうキャラっているよね。この人たちは絶対一緒にいないとダメだよっていう人物。なのに離れちゃうとこっちはかなりダメージ受けるのでほんとやめてほしい……。
なのでゴードンの代わりに警官のブレイク(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)、アルフレッドの代わり(?)にキャット・ウーマン(アン・ハサウェイ)が活躍したお話でもありました。主要メンバーの出番が減って新しい登場人物が多くの時間を占めたのも話がとっちらかった印象に思えたのかも。レヴィットとハサウェイの演技はとても良かったのでそこは文句なしなんだけど。

ということで、ストーリーについての感想はかなりマイナス評価ではありますが、キャストがすさまじくゴージャスでした。キリアン・マーフィ(フレームなしの眼鏡姿最高すぎだしまさかのスケアクロウ再登場)、マシュー・モディン(なっつかしい!)、バーン・ゴーマン(お前これにも出てたのか)、ベン・メンデルソーン(クレニック長官!)と見応えありありでした。しかしノーランは同じキャストを起用するのが好きだよねー。レヴィット、トムハ、キリアン、マリオン・コティヤールと勢ぞろいで、「インセプション」のアナザーワールドだよって言われても信じちゃう。

で、前述のジョゼフ・ゴードン=レヴィットですが、実質話が始まって2/3までは彼がお話を引っ張っていったようなものだったし、まともな感覚の警官なのもあって、彼だけは見てて嫌な気持ちにならなかったし共感できた。演じるレヴィットは、なんというかちょっと不思議な俳優さん、というイメージが私の中にずっとあって。すごく大柄でもマッチョでもないし、きっと草食系って言われちゃうんだろう線の細さなんだけれど、役柄を選ぶのがうまいというか、もちろん本人の演技力もあるんだろうけれど独特の路線を開拓していると思う。彼の作品は「インセプション」しか見てないから、これを機に他のも見てみたいですね。


監督はクリストファー・ノーランですが、脚本は弟のジョナサン・ノーランも一緒に手掛けてます。

で、ここからは「パーソン・オブ・インタレスト」絡みかつS5ラストのネタバレの感想になるんですが(なので未見の人はここから先は読んじゃダメです)、ジョナサン・ノーランはお兄ちゃんとは別に自分にとってのバットマンを撮りたくてPOIを作ったの?リースは「コスプレをしないバットマン」と書かれた記事はよく知られているし、私はクリスチャン・ベイルとジム・カヴィーゼルはすごくよく似てるって前々から何度も言ってるしここでも時おり書いてるけれど、今回この映画を見ると、まさかジョナ・ノーランは似てるのを狙ってPOIに彼をキャスティングしたのか?とさえ穿ってしまう。
「ライジング」自体もネイサン役ブレット・カレンやグリア役ジョン・ノーラン(しかも吹替はフィンチ役牛山さん(笑))も出演してて、かぶりすぎでしょ。
まぁ他の人がとっくに指摘してるだろうけれど、ゴッサムシティはもちろんNYがモデルだし、
アルフレッドとフォックス=フィンチ
ゴードン本部長=カーターとファスコ
バットマンの意志を継いだロビン(ブレイク)=ピアーズ、ジョーイ、ハーパーの別チーム
と考えると、死んだと思わせておいて実は生きていたブルース・ウェイン=リースになるはずが、最後は死んでしまったからねぇ……ラストはこの映画と同じ線を期待していた人にとってはあんな終わり方になって、ジョナサンめ、よくもリースを死なせたなと思う人は多いのかも。そうかPOIは「ダークナイト・ライジング」のアナザーバージョンだったのか。
さらにこの映画はレンタル店で借りて視聴したのですが、ケースにはディスクが2枚入ってて、1枚は本編、もう1枚は海外ドラマの第一話のみが3つ入ったディスク。そのうちのひとつがPOIだったという、もうほんと笑えるんだか笑えないんだかなオチでした。


正月早々とても暗い映画でスタートの2017年になりましたが、今年はどんな映画に出会えるのか、楽しみです。