Love Actually ふたたび……Red Nose Day

前々から作られるよと聞いていた「ラブ・アクチュアリー」(2003)の続編にあたる短編がついに公開されました。英語難民の私にも優しい字幕表示が可能な動画。
Red Nose Day というイギリスのチャリティにちなんで作られたものですが、チャリティのためだけにずいぶんゴージャスなのができたんだなぁと思ったら、Red Nose Dayの創立者のひとりが「ラブ・アクチュアリー」の監督であるリチャード・カーティスだったんですね。あーなるほど。
今年、2017年のイギリスのRed Nose Dayは3月24日でしたがアメリカは5月27日、つまり今日でした。メインの放映局はNBCなので公開された動画もNBCが配信してるし画面の端にはNBCのロゴが入り、デパートの店員(ローワン・アトキンソン)は赤い鼻を買いに来たお客に「1ドルです」って言うんだよね。なんだかちょっぴり変な感じ。

Red Nose Day Actually: The Love Actually Reunion 14 Years in the Making

感想は……そうですね、元の映画は登場人物が10人以上もいて、その誰もに見所がある素晴らしい群像劇でしたが、さすがに14年後に全員を集めてかつそれがわずか15分ほどの短編ってのはやはり難しいようで、本当にメインの人物だけの描写ではありましたが。
それでもポルトガル女性と恋に落ちたジェイミー(コリン・ファース)は結婚後彼女との間に4人目の子供を授かってるし、義理の父と子という複雑な関係だったダニエル(リーアム・ニーソン)の元にNYから突然久しぶりに戻ってきたサム(トーマス・ブロディ・サングスター)が、14年前、学校でのクリスマス会で歌を歌った彼女を結婚相手として連れてきたのには思わず涙だったし、就任した14年前と比べて今はどうですか?と尋ねられたイギリス首相(ヒュー・グラント)が、
時とともに人生は大変になり、前より神経質で恐れを抱く世の中になった。しかしコインの反対側を見てみよう。私はより楽天的でいる。悲劇があるところには勇敢さがあり、ごく普通の人びとの中に、誰かを助けたいと思う特別に普通の人がいるのです
っていうすごくダメな和訳でごめんなさいですが、それを公的な立場にある首相に言わせるのがすごくいいと思ったの。

イギリスやアメリカだと寄付の文化はキリスト教の教えに根差しているので日本での寄付に対する考えは土台にある意味が違うかなとは思いますが、その日一日、特定のTV局がチャリティ一色になる上、国中大人も子供もみんなが楽しめるイベントになってるのはとても素敵ですね。


は~、それにしても「コードネームU.N.C.L.E.」の時も思ったけど、ヒュー・グラントは若い時より今の方が断然好み……♪ 
それとイギリス首相の会見のシーンで質疑応答のいちばん最初に「その右腕はどうなさったのですか?」と尋ねる眼鏡をかけた記者。彼、ジョナサン・アリスにすごーく似てると思うのですが……imdb見てもクレジットされてないから違うかな、やっぱり。




アメリカン・サイコ

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American Psycho (2000)


2000年の映画なのになんでこんな古臭いNYなんだろう?と思ったら、1980年代が舞台のお話だった。そしてクリスチャン・ベイルがヤバい。そうとうヤバい。私はこの俳優の特徴がいまいちつかめなくて、いちばん印象に残っているのはガン=カタが繰り出される「リベリオン」かなっていう……。ビジュアルは「プレステージ」がいちばん好きですが。なのでこの映画のベイルはものすごくインパクトあったしとにかくヤバい。さっきからこれしか言ってない頭の悪い感想。

ベイル演じる主人公のパトリックは間違いなく精神異常者だと思うのですが。それは何億という大きな額を動かすウォール街のエリートだから日々のプレッシャーからそうなったのかなと推測したのですがそうでもないみたいで。もともとそういう欲望があって、大金を手にできるようになったことで自分の望みを叶えられるようになっちゃったのかなぁ。夜な夜な殺人を犯して朝になるとフツーに高級スーツを着て出勤して仕事するってその時点でもう普通じゃないよね?
しかし巨額の金を手にしたエリート同士が張り合う姿はまったくもって意味不明だしはたから見ればそうとうに滑稽。予約がなかなか取れない超人気の高級レストランで食事をすることが彼らにとってはステイタスだし(だからオープニングで美しい高級料理の数々が映るのですが、どことなく嘘っぽい作りものにも見えるのはそのせいかと)、オーダーした名刺がどの紙で作られてでどういう書体で印字されてるかなんてほんとどーでもいいだろ!と思うのですが(笑)。
こんな感想なのでつまりお話はあんまり面白くありませんでしたがキャストが豪華でした。パトリックの婚約者にリース・ウィザースプーン。パトリックのオフィスの秘書にクロエ・セヴィニー。同僚にマット・ロス。この人は俳優ですが同時に「はじまりへの旅」の監督でもあります。パトリックを調べる私立探偵にウィレム・デフォー。
そしてそして、出番はほんの10分ほどでしたがパトリックの自宅に招かれてそのまま斧で斬殺されたポール・アレン役にジャレッド・レト!きゃー、相変わらず美しい瞳にうっとり。ええもん見させてもらいました。


パトリックの住む高級マンションの部屋に飾られていた一連の作品。これは私は見覚えがありまして、ロバート・ロンゴの"Men in the Cities"の中の作品でした。思わぬところで再会できてびっくり。というのは、アーティストでもあるロンゴを知ったのは監督作の「JM」(1995)でしたが、映画としての評価は低いですがすごく私好みだったし、その後ロンゴの展覧会があると知ってわざわざ当時住んでた名古屋から大阪まで足を運んで見に行ったこともあったので。当時のことを思い出して懐かしくなりました。

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(画像はこちらからお借りしました)



POI S3 Ep20~23

この4話についてはどうこねくり回しても楽しい内容にはならないので……ほんと自分の覚書って感じの感想なだけです。Ep22と23についてざっと箇条書きしてその後Ep20からの感想を。

Ep22
夜のNY全体が停電になるのはすごく面白い展開だし、これどうやって撮影したんだろう?もちろん本当に電源を落としたわけではないからまぁCGかな。そしてなぜリースは都合よく懐中電灯を持ってるの?
久しぶりに登場のハーシュ!そしてEp22、23のハーシュは今までとは別人かってくらいかっこいいのですが!コントロール達がヴィジランスに拉致られたあとのホテルに助けにやって来た時点で間に合ってなくてすでにアウトかとは思いますが(笑)、ルートから「マシンがハーシュがフィンチの居場所を知ってると言っている」と聞かされたリースとショウは彼と組むことに。その時の3人のくだりがすごい好きなやり取りでして。リースはハーシュを刺したことはあるけど殺してはないぞって言うし、ショウはあんたに薬を盛ったけど心臓は止めてない。でもあんたは私を殺そうとしてた。だから信用できないと言い、それを聞いたハーシュは話の本題がずれてるぞって指摘するこの一連の会話が妙にユーモラスで面白くて笑えて
でもリースのほうから、フィンチとコントロールの救出に手を貸すから協力しようって言いだして、それを聞いたショウが「は!?」みたいな顔でリースを見るのも好きだし、リースは先に銃を下ろすんだけど、ショウとハーシュはお互い絶対に譲りません!て銃を構えたままな態度も好きだし、そしてここでショウはハーシュを初めてファーストネームで呼ぶんですよ、「ジョージ」って。これめちゃくちゃ好きなんだよね!なんやかんや言ってハーシュとショウの関係って切っても切れない腐れ縁のようなものかな、と。だから続くEp23でのハーシュとショウの師弟関係が良い意味でぐっと距離がつまるのもとてもいいし、こういうのならずっと見たかったなって。ハーシュがショウのために自転車奪ってあげるのもお茶目でした
証言台に引きずり出されてマシンの開発経緯を喋らされているフィンチをモニタ越しに見たリースの”Oh, no, Finch..."の台詞と言い方に私は一発で死にました。リースの無自覚ぶりが本当にもう……

Ep23
ギャリソン議員はヴィジランスの公開裁判にかけられたメンバーのひとりでした。やっと思い出しました。確かに重要なキャラだったね
ヴィジランスが行っている裁判の場所を探すためにハーシュとリースが一緒に行動するんだけど、このふたり、即席で組んだ割には息ぴったりで、役者の背丈や体格もお互い似てるのもあって戦闘シーンがすごくマッチしてるんだよねー。「次に会った時は殺すからな」「大歓迎だ。やってみろ」なやり取りも最高にいいし、爆弾をリースより先に見つけたハーシュが「俺の勝ちだな」って言うあたり、あぁそうか、このふたりは生き方や考え方がなんとなく似てるんだなとも思った。リースとハーシュが組んで色々するのをもっと見たかった
このふたりが侵入したのは元郵便局の建物。このドラマってどうしてこう雰囲気のある画面映えする場所をロケ地に選ぶのがうまいんだろう。廃図書館のようにここも館内がすごくシックな造りですごく画になるんだよね~(ただし廃図書館はS1Ep01こそ本当に予算不足で閉鎖された図書館でしたがそれ以降はセットです)。そして意外にもこういった場所がフィットするのはフィンチ役エマソンよりはリース役カヴィーゼルなんだよなぁ……まぁ服装とか髪型とかいろいろ変えればまた違ってくるかとは思いますが、リースというキャラクターがアナログでクラシックな生き方をしてる人物だし、カヴィーゼル自身が昔の俳優さんみたいな古典的な雰囲気があるんだよね。今どきとか最先端とは逆の魅力を持つ人なのでこの人モノクロ映画に出たら絶対似合うと思うし、だからかEp21の橋のシーンも構図が素晴らしいだけでなく一枚の絵画のような崇高さが漂っている。このドラマの最大の功績ってジム・カヴィーゼルという俳優をジョン・リース役にあてたことで彼の人生における史上最高の渋さと美しさをこれでもかってくらい最大限に引き出して、それを永遠に画面の中に閉じ込めたことではないかと
グリアを救うためにデシマの手先もやって来て銃撃戦になりますが、ランバートいるねランバート!久しぶり。演じるジュリアン・オヴェンデンは実は歌がめっちゃ上手くてアルバムまで出しているのを知ったのはわりと最近のことです
グリア、ピーター・コリアーとヴィジランスのくだりは……正直どうでもいいかな……という感じ……政府がサマリタンを選択&起動させるためにグリアが創り上げたものだったことが最後に分かるんだけど、つまりグリアはサマリタンはマシンに勝てない存在だからこういう手に出たわけで。グリア自身も「マシンは優秀すぎた」と言ってるし。最初っからグリアは自分がものにしたサマリタンがオープンシステムにも関わらずマシンに勝てないって分かってたからこそあの手この手でフィンチ達をどうこうしようとしてたわけで、それが延々S5まで続くのは正直回りくどいし結局何をしたかったのかが未だにはっきりしないしこのドラマの持ち味のスピーディな流れに乗っかってないように思えて。グリア自身もやたら話が長いしいつもたとえが大げさで、聞いてるこっちは途中でもういいよ、要点を!早く!言ってください!!ってなる。年寄りは話が長い
そして結局は最初から最後までグリアの手のひらの上でいいように踊らされてたピーター・コリアーってほんと何だったんだろうね、とも。視聴者が6000万人だと豪語するウェブ中継の公開裁判も実はたった数人しか見てなかったっていうしりすぼみ感がもう……ほんとに……


さて、マコート議員の話から始まるEp20~は本当に、本当に見るのが辛い。最初こそ、近づく手段がないからと勝手に議員を狙撃してちゃっかりシークレット・サービスとして派遣されるよう強引にことを持ってくるというめちゃくちゃな、しかしとてもリースらしいやり方な上、マコート議員からお尻をバンと叩かれてびくぅ!てなるリースとか、秘書とお楽しみの議員の元に間違えて駆け付けちゃうとか、フィンチの好きなオペラを「猫の悲鳴」と揶揄した上に「今度は俺がニーベルンゲンの指環を歌ってやるよ」などとのたまうリース(でもリースの歌声ってどんなか聞いてみたい)とか、しかもこの回のマフラーとコート姿のリースがめちゃくちゃかっこいいせいでそのギャップがよけいに可笑しくて仕方ないのですが(そして気温が低いせいか外のシーンでは耳が真っ赤)、マコート議員が議会で国民を監視するシステムを採用することに反対してるかと思いきや、実はすでにグリアに買収されてて他の議員を説得して賛成多数の法案成立に持っていかせようと計画している人物だったことが分かり。
フィンチはなんとしてもそれを阻止するため、最後は彼に買収まで持ち掛けるのですが、マコート議員は身辺が非常にクリアな政治家かつ今まで反目する相手とも話し合いで納得いく結果をもたらしてきたという自身の交渉力に自負がある人物なので、金なんかでは動かないのです。そんなマコート議員がなぜ狙われるのか。法案を成立させないよう彼を狙う者がいる。それは実はフィンチたちのことだった。自分たちが、しかも対象者を「殺す」という理由で上がった番号。この事実に気が付いたリース、フィンチ、ショウは愕然となりながらも、マシンは目的のために人を殺すという選択肢を提示することはありえるのか?というリースの質問に、ないとは言い切れない、とフィンチ自身もきっぱりとした態度を取れないんですね。それでもフィンチは、
この仕事を始めてから物事は変わり、我々も変わった。それでもこれだけは変わらない。我々がするのは人を助けること。だけどもし我々が今いるのが、マシンが人を殺せと命じる場所なら、私はそこには行けない。立ち去らないと
と。この、"that's a place I can't go."が私は猛烈にぐっさりと来たし、肝心かなめのフィンチが降りちゃいかんでしょう、とちょっと納得いかなかったのですが。
フィンチは降りると言い、ショウはマシンに従うと言い、リースはフィンチに従うと言った。リースは、マコート議員を殺すのは必要悪、一人を犠牲にして大勢を救うんだ。そのためには議員を殺す必要があると言うけれど、だけどフィンチはマコート議員を殺さないでほしいと懇願する。リース自身は議員を殺すべきだと思っている、でもフィンチはそれを望まない。だから殺しはしなかったけれど、リースの中で葛藤は間違いなくあったと思うのです。それが、マコート議員の前に歩み出たリースの皮手袋をした左手に握られたサイレンサー付きの銃。リースはその銃のグリップを一度だけ力をこめてぐっと握り直すその姿が、彼の心境をこれ以上ないほどものすごく見事に映し出していたと思う。そこへ重ねられるdaughterの"Medicine"。この歌詞もまた、シーンに合わせるかのように号泣もので。だってさ、

Pick it up, pick it all up.
And start again.
You've got a second chance,
you could go home.
Escape it all.
It’s just irrelevant.
 
って。歌詞の内容はもちろん、"a second chance"や"irrelevant"って単語、もうPOIにぴったりすぎじゃん……泣けてくる。

続くEp21ではグレースの身に危機が迫り、フィンチを捕らえるために誘拐されたことで、フィンチは「彼女の身に何かあったら全員殺せ」と言うのですが。今まではもちろん前エピでもたとえ自分たちの命が危機にさらされるほどの脅威が迫るとしても対象者を殺す選択肢は絶対にしてこなかったフィンチがそれを言うなんて、しかもEp20の「私は降りる」と発言が矛盾してるのが私はいまだにどうしても納得いかなくて。それほどまでにフィンチのグレースに対する想いは大きいんだよ、というのを表現したくてこの発言になったのはよく分かる。でも。でもでも。やっぱり私はどうしてもどうしても、納得がいかないのです……。
そしてEp20、21でフィンチはいざというときはグレースを最優先にすることが分かったけれど、まぁそれは当然かとは思う。だって愛するグレースは今もちゃんと生きているから。でもさ、最優先にしただけでなく、マシンについてのすべてを自ら投げたことで、リースとショウは切り捨てられた、見捨てられたように思えてそのことが私は何より辛かった。マコート議員がいたワシントンD.C.から必死に"ホーム"であるNYに戻ってきた3人。先を行くリースとショウがふと振り返ると、後ろをついてきたはずのフィンチがいない。それを知った時のリースの表情が見せた、ほんの一瞬の戸惑いと動揺。それはまるで迷子の子供のようでもあり、彼の心境はいかばかりかと思う。すごくすごく、悲しかったと思うのです。
フィンチがリースを雇って始めた人助け。そこからフィンチが先に降りてしまったら、リースは放り出されたも同然だと思う。もし本当にフィンチがいなくなってもリースとショウで人助けという仕事はそれなりに続けていけるとは思う。でもそうではない。だってリースが人助けをするのは番号が上がった対象者のためだけでなく、フィンチのためでもあるのだから。
そしてこのシーンで、今まで何も言葉を交わさなくともぴったりの呼吸でしてきたフィンチとリースの人助けはここで終焉を迎えていたんだなとも思いました。だからS4以降は人助けはサブ扱いになるのも当然かと。
フィンチが姿を消したことで主を失った廃図書館。同じことは前にも一度あって、S1ラストでフィンチがルートに浚われた時と同じ。誰もいない廃図書館にひとりで戻ってきたリースは、信じられないといった様子でフィンチがいつも座っている椅子にそっと手を触れたけれど、でもその時のリースには力強さがあった。何がなんでもフィンチを取り戻すという強い意志。そういうリースは本当に強くたくましく、美しくさえあった。でも今回はその時とは全然違うのです。フィンチが言ったように、状況は最初の頃とは大きく変わってしまった。
廃図書館にはリースもずっといたけれど、でもやっぱりこの場所の主はフィンチ。そしてフィンチが属すのは廃図書館という"場所"だけど、リースが属すのはフィンチという"人間"。もしフィンチを失ったらリースはその先生きていけないんじゃないかと思うくらいでそれはそれでちょっと怖いなとも。リースもフィンチももちろん自立したいい大人だし、決してお互い依存しているわけじゃないんだけれど、リースの存在意義がたったひとりの人間っていうのはよくよく考えるとものすごく危うくて怖くて。
フィンチはグレースを大切にするあまり、リースを見放し、リースがどう思ったかはともかく、リースを傷つけたように思えたのが私は赦せなかったのかもしれない。カーターの死後の展開の時はリースがああなってもしょうがないよね、と思うのに、フィンチがマシンから降りる展開は赦せないと思う自分はつくづくリース寄りの見方してるなと実感。フィンチその人ではなくリースと一緒にいるフィンチ、という位置付けが私は好きなんですよね……。
そして人質になったグレースと交換という形でグリアの手に落ちたフィンチ。S1ラストだったらリースは何が何でもそれを食い止めようとしただろうけれど、今回は止めることができない。なぜならリースはかつてカーターを喪った時に、フィンチを糾弾してもう一緒に仕事はできないとフィンチの元を去ったことがあるから。だからフィンチがリースと同じように目の前から去ろうという時に、フィンチの腕を掴み引き戻し、行くなという権利はもうリースにはないのです。だから、もう一度よく考えよう、まだ手はあるはず、今よりもっと悪い時もあったと言うリースに、今がいちばん悪い時だと告げるフィンチ。それを聞いて、
"Keep yourself alive, Harold. I'll be coming for you."
「生きていてくれ、ハロルド。必ずあんたを取り戻すから」
と。静寂の中、橋の向こうへと一歩を踏み出すフィンチ。目隠しをされたまま橋のこちら側へふらふらと歩き始めるグレース。どんどん遠ざかるフィンチの背中をただ見つめるリース。彼らはその時どんな気持ちでいたのかと思うと、もう泣けて泣けて仕方なくて。亡くなった恋人を一心に想い続けるグレース。生きていて手を伸ばしさえすればグレースに触れられる距離にいるのにそれができないフィンチ。引き戻したいけれどフィンチがそれを望まないならただ手を離すしかないリース。息が詰まるほどに凝縮された三者の思いがあの橋のシーンで見事に描かれて、ここはもう号泣に次ぐ号泣でした。
リースの"I'll be coming for you."は……ジェシカに言えなかった"Wait for me."の変形バージョンかなぁとも考えるけど、今回もまたどう考えても絶望的な状況でしかないわけで。大切な人をいつも救えそうで救えないリースって本当に不憫でしかない……。



グレースをイタリアに送り出すリースが彼女からハロルドを知っているのかと尋ねられて「これだけは確かだ。君は彼を愛し、彼も君を愛していた」って答えるのだけど、フィンチの幸せだけを願って自分の幸せなんか1mmたりとも考えないリースの台詞もとても辛い。この世でたったひとりの大切な人が想う相手ならその人の幸せも願っちゃうリースがまた……。
そしてさらに追い打ちをかけるかのように、あの廃図書館は突然に失われ、そこから追われるように立ち去ったフィンチとリースはそれぞれ別々の方向へと逃げるシーズンフィナーレでした。別れる時に、一度だけ振り返って相手を見るのがもうめちゃくちゃ切なくて、いったこのドラマはどこまでこっちの胸を抉れば気が済むのだろう。
フィンチとリース、彼らが帰る場所はあの廃図書館であり、そこしかなかった。ファスコが「家(home)っていうのは友達がいて仕事がある場所」と言った通り、彼らにとってあの場所はまさしく"home"だった。だけどそこを失くしたら、帰る場所はもうないのです。
あの場所でふたりは守られていた。誰にも知られることなく傷ついた心と体を休ませることができた、まさしくセイフハウスであり、セイフヘイヴンでもあったわけで。同時にあの場所では本編でちらりとほのめかされたように、番号が出ない時は、読書をしたり銃の手入れをしたりベアーと遊んだりと、彼らふたりのさらされることのなかったプライベートにも似た姿が見ることもできた、そんな愛着がある場所が突然土足で踏み込まれ、常に彼らとともにあった、このドラマのもうひとりの主役と言っても過言ではない、あのガラスボードが倒され割られるのをただただ見届けるだけしかできないなんて、あまりにも辛すぎる光景でした。
私が過去、ラストがあまりに悲しすぎて涙も出なかった作品は「ダンサー・イン・ザ・ダーク」と「ミリオンダラー・ベイビー」なのですが、S3Ep23は間違いなくそのリストに仲間入りです。だからシーズン最終話を見た日はあまりにもショックでその夜はなかなか寝付けなかったし、続けてすぐにS4を見る気にはどうしてもなれなかった。そのくらいS3の終盤は悲しく心苦しく、辛い展開でした。だからS4ではたとえ話のメインが人工知能であっても未来のある明るく心強い展開であってほしいと期待していたのかなぁとも思いました。


これにてS3のレビューはおしまい。先の展開が分かっているから安心して見られる、という意味では1度目よりも楽しい視聴でしたが、正直、このシーズンを見返すことはもうないかなぁ……。実はゴールデンウィークにAmazonのFire TV Stickというお品を手に入れ、アマプラで配信されている作品を今よりさらに気軽にTVで見られるようになったことでますますPOIの視聴が楽しいってのもありますが、S1のまだレビューしてないエピを見たらこのドラマを記事に書くことはもうないかなとも思うし、うーん、どうだろう。まだまだしつこく重箱の隅をつつきたい気分でもあるし、1回しか見ていないS5をもう一度見たいってのもある。こうやって悩んでる時がいちばん楽しいんですよね。でもやっぱり何度見ても楽しいのはS1とS2なのは間違いないですね。


ここから下は短いですがS5ネタバレありの感想を少し。

Ep21でグリアのじーちゃんからハロルド・マーティンは偽物だよっていう「真実」を聞かされてもなおグレースは、ひと目見た時から彼を信じると決めたって涙ながらに断言していたけれど。でも最終話でグレースの元へ行ったフィンチはおそらく彼女に真実をすべて話しただろうと思うの。再会した時の悲しそうな顔がなによりそれを雄弁に語っているかと。
あそこまでグレースが「ハロルド・マーティン」について疑いなく信じていたことは全部嘘だと本人から聞かされたら、彼女はどう思うのだろう?決して「嘘をついていた=裏切っていた」にはならないかもしれないけれど、S5ラスト後の世界においてフィンチはグレースと一緒に暮らしてめでたしめでたし、で終わるとはとても思えないのはこれが理由のひとつかなぁと、今回S3を見直して改めて思いました。
それほどまでにS5Ep13の、グレースを前にしたフィンチのあの表情は重く悲しくやりきれなさに包まれていて、彼のその表情の意味やその後のフィンチのことを色々と考えずにいられないと思わせる顔でした。

待ってた

NASAで活躍した黒人女性を描く伝記ドラマ、9月公開決定!

"Hidden Figures"、ずっと待ってました。ついに公開が決まって嬉しい。9月が楽しみだな~!

LOST シーズン6 (ファイナル・シーズン)

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LOST Season 6 (2010)


ついに完走しました!といってもS1は未見なので本当には完走してないんだけど最後までは見たよということで。そして、なるほどラストはこう持ってきたのねと納得はできました。ジャックが島に残ることに固執する理由が、自分にはこの島で役割がある、と考えていたのはS5でも示されていたけれど、その使命はジェイコブの後を継ぐことではなく、島を守るために自分が犠牲になり、本当の後継ぎはハーリーに託した、というのには驚いた。今までリーダーだったジャックが僕は残る、飛行機には乗らない、帰らないって意固地になって言い始めるのは正直違和感があったけれど、振り返れば、お話の幕を閉じるには彼の死はふさわしいと思う。彼の意志はともかく、ジャックはずっとリーダーだったから彼がラストを〆ました感があってよかった。

フラッシュサイドウェイズの描写は、んー、どうなんだろう……やはり必要だったのかな。リビー、チャーリー、アナ・ルシアといった、シーズン途中で姿を消した懐かしい面々をふたたび拝見できたのは嬉しかったですが。オーシャニック航空815便がもしL.A.に無事到着していたらどうなっていたか。そこから先は誰もが決して幸せな道を歩めたわけではないんだけど。なんかね、私はもし飛行機が落っこちなかったら、少なくとも誰の助けも来ない、どこにあるのかも分からない、何もかもが怪しい島に着いてそこでサバイバル生活を送るよりは絶対幸せな人生を送れたんじゃないかって思ってたのですが、そうでもないんだよね……。飛行機が落ちても落ちなくても彼らの人生は辛かったり不幸なままで、そうたいして変わらなかったようで。
島での生活は過酷で、結局は最後まで自分ではなく島とそこに住むジェイコブの意志に翻弄されるままだったけれど、でもその島で誰かに出会い、その人を大切に思い愛するようになった、そんな相手が見つかったという意味では人生にいちばん大切なものを見つけられた、ということを言いたかったのかな。愛が大切だよってことが6シーズンかけて言いたかったことなのかな、と。きっぱりとは言い切れなくてあいまいな感想ですが。
ただ、ジェイコブには実は双子の弟がいたことが描かれたあたりで、あーこれはキリスト教の考えに基づくお話だな、と分かったので、私はこのドラマに対しての理解はたいして深くはありません。ラストでジャックがロックに刺された場所は脇腹だったしね。父のクリスチャン・シェパードと息子のジャック・シェパード、どちらも意味深な名前だし。そういや名前と言えば、ロック、ルソー、ファラデー、みんな著名な学者の名前ですね。

あとは雑感。
島の人を襲うあの黒い煙の正体はジョン・ロックだったのにはびっくりでしたが、黒いもくもくは誰かの体を借りて人の姿になってるってことで合ってる?ロックの姿をしているのは、ロックが死んだから彼の体を自由に使えるようになったってこと?
島を出るにはメンバー全員が揃ってないとだめ、って劇中で何度も言われてたのに、サイード、サン、ジンとどんどん死んで行っちゃうから、いやいやこれじゃ出られないのではと思った。
島から出るのはオーシャニックの乗客だけだと思ってたのですが、マイルズやリチャードも一緒だったんですね。そして機長のラピーダス。飛行機を飛ばすには彼がいないと話にならないから絶対外せないキャラクターだったかとは思いますが、思うにこの人、島の運命とはまったく関係ないのにいちばん派手に巻き込まれた人物ではないかと。なのに案外ひょうひょうとして生きてるし。彼の生き方はちょっとうらやましいかも。
そのラピーダスが操縦桿を握って飛ばしたアジュラ航空の飛行機。息を引き取る直前、竹林に体を仰向けにしたジャックが見上げた空に飛んで行った飛行機。あれは無事飛んで行ってどこかに着陸したのでしょうか。
ファイナル・シーズンでやっとチャールズ・ウィドモアが島にやってきて、今頃になってようやく島に来たの!?という印象はあった。でも彼の最期は素晴らしかったねー。まず彼の隣に立つナンバー2のゾーイはロックにあっさり首を切られて死亡だし、ロックの隣にいたベンもベンで躊躇なくウィドモアを撃ち殺したのには、驚きましたが正直すっきりもしました。ベンはついに娘の復讐を遂げたんですね。ロックとベンの人を殺すことに対するこの迷いのなさってやっぱりすごく似た者同士だなと思う。
島を守る後継者にハーリーがなったのは正直びっくりしました。彼の良いところは自分をよく見せよう、かっこよくなろうっていうのがなくて、私はそれがとても好きで。だから同じく島に残ると決めたベンに「ここをよく知る人の手助けが必要なんだ。手伝ってくれる?」って素直にお願いできるし、それを聞いたベンはすごく驚いていたけれど、でも彼は今までずっと思いが報われなかったのがここでようやく初めて誰かに頼られ、役に立てる存在になれて嬉しかったと思うよ。ベンはもう裸の王様ではないね。
ラストの教会。ここで島に関わったメンバーが全員集まるんだけど、彼らは全員どこかの時点でもう死んでいる。そしてベンだけは「外にいる」と言っていたので、彼はハーリー亡き後、島を守って今も生きていると解釈してます。

S6は島の歴史となぜジェイコブが島を守らないといけなくなったのか、ということに時間が割かれたので、目まぐるしく変わる人間関係や力関係の変化が少なかったのはちょっと寂しかった。そういう意味では全話通して一番面白かったのはS2、3、4でした。ジャックとソーヤー、協力し合う時もあれば反目することも多々あって、私はこのふたりのいざこざや連帯はすごく面白かったし、だからこそラストの教会で肩を抱き合う姿はすごく泣けました。


さてシーズン通して好きなキャラクター、印象深い人物を挙げてと問われると、とてもひとりには絞れないのですが。
ソーヤー……1974年に吹っ飛ばされてからのソーヤーが実はすっごく好きで。ダーマ内で頼れるリーダー格にまでなってて性格も前より落ち着いた感じになってたんだけど、でもそれは明らかにジュリエットのおかげだと思うのです。そしてあの口の悪さ、とてもとても好きです(笑)。あと、よく眼鏡をかけてるのですが彼は近眼なんですか?さすがに老眼鏡って年じゃないよねぇ?
ジュリエット……彼女は島を出たい、元の生活に戻りたいってずっと願っていたのに結局最後までその願いはかなわなかったのが私は本当に悲しかった。なんとしても島を出て姉と甥っ子に会わせてあげたかった。S6では死んだはずのサイードが生き返ったのにジュリエットは死亡だなんて、それって単にソーヤーとの関係を悲恋に終わらせたかったからじゃないの!?と思えてちょっと腹が立ちました。
サイード……好きではないんですが、印象深いという意味で。彼、ほんと強いしだいたいのことはこなせるので、無人島にひとりになっても絶対生きぬける人物ですね。
ダニエル・ファラデー……実は彼の体型がめっちゃ私の好みです!うん、それだけ!!(笑) こういうひょろっと痩せっぽちでしゅっとした男性大好き。いつもきちんと白いシャツを着て細身のネクタイを締めてたのも超好み。ふふふふふ。
ベン・ライナス……多分このドラマ内でいちばん数多く殴られてた人。フラッシュサイドウェイズの中でも善人にも関わらず相変わらず殴られてたからさすがにちょっとかわいそうになった。
私、もしLOST→POIの順で見てたら、このフィンチって人、本当は悪い人なんでしょ、きっとS1ラストあたりで本性が明かされるに違いない、くらいには思いながら見てたかも。それくらい強烈なヴィランだったし、そして何と言ってもあの目力!何もかも見透かしているようで怖いくらい。JJとPOIの製作陣は、あの目はすごすぎるから今度の役には眼鏡を掛けさせとこうって考えたね絶対。


下記のサイトで島の地図が紹介されてて面白かったので。
人気テレビシリーズ「LOST」を鑑賞する時、お手元に!!、プロのカルトグラファーが作った謎の島の完璧な地図!!

あとNG集も楽しませてもらいました。シリアスなドラマであればあるほどキャストが出すNGはギャップがあって面白い……大好き……。