POI雑感 S5スタートしました

シーズン通してのネタバレを存分に含む記事なので、未見の方はどうか読まないでね。S5が始まり、502まで見た時点で思うことをいろいろと。

とうとう始まったS5ですが、私はS4が終わった時点で、なんやかんや言って結局最後は全員生き残るハッピーエンドな大団円で終わるんじゃないの?なんて甘い考えでいましたが。501のオープニングで、あの地下鉄の基地が徹底的に破壊されているのを目にして、あ、これは相当な覚悟で見ないとだめだな、と思いました。
それと合わせて4月末に出た下の記事(S5の物語の方向をちょっとでも知りたくないという人は、リンク先も私のこのブログのこれより下の文も読んではだめです)を読んで思ったのは、

最終シーズンを迎える『パーソン・オブ・インタレスト』、リブートや続編の可能性は?

あぁ、全員生き残ることは絶対にないんだな、と。
記事中に、

ちなみに、マイケルは「(物語の終わりにあたって)生き残る者はいますが、多くはありません」と気になる発言もしている。

とあるので、つまり直球で行くと「最後に死ぬのは誰か」になるよね当然。
まだ502までしか見てないし、たった13話といってもまだまだこの先どうなるかは分からないのですが、改めて予想というか、こうなるんじゃないの?というあくまでこの時点での私の考えをつらつらと書いておこう。
まず、ファスコは死なない。これは私の中で絶対に揺らぐことはなくて。理由はS4総括でも書きましたが、彼はカーターの遺志を継いでいる人間だし、刑事という身分。もし彼が死んだら、このドラマの中でこの世に法や正義は存在しなくてもよくなってしまうからと思っているので。
ショウはまだ再登場してないので分からないし、彼女のことは正直私は今の時点ではあまり重視してないのでここでは問いません。
ルートは…んんー、むつかしい立場。フィンチと立場は同じだけど方向が違う彼女。世界を救うためにマシンが絶対に必要と言うルートと、ルートや他の命が犠牲になるくらいならマシンをシャットダウンさせることは辞さないフィンチ。なのでマシンのためにルートが身を引く、もしくはフィンチの代わりに死ぬ可能性もあり。これは裏を返すと、ルートとフィンチの両方が死ぬことはないかなとも取れる。もしマシンが存続して終わるなら、マシンを司る人間が最低ひとりは必要かとも思うし。

そしてフィンチとリース。
101で出た「遅かれ早かれともに死ぬだろう」の言葉は213で一応回収はされましたが、もしまだこのセリフが生きているのなら、一緒に死ぬのはあり。とても悲しいけれど、あり。
さらにひとりずつ考察。
フィンチ。
501、502でマシンを生まれ変わらせて、次こそは間違いのないものにしようとしている。私個人としては、マシンの管理者は永遠にフィンチであってほしいし、もしマシンがこの世から存在を消すなら、その時はフィンチも一緒のように思えるんだよね。なのでマシンとフィンチの行方は一緒かなぁ。
ネイサンの始めた人助けは他の誰かが引き継いでもいいし(実際、今までも前線に出てたのはリースでフィンチは主にバックアップの立場だったし)。サマリタンを倒したらマシンの存在はもうあってもなくてもいいのかな、とも思うし。生みの親はフィンチだけど、サマリタンを見れば、誰がそれを育てる(操作する)かで悪い方向にも進むことが分かってるし、今のところはオープンシステムのマシンも危険な存在にもなりえる要素は十分にある。フィンチがいる限りは絶対そうならないけれど、もしいなくなったら、と思うとね。
マシンのない世の中になったらフィンチはどのような形であれ、もう人生を終わらせてもいいのかもしれない。
彼の行く末は、本人の意思にかかわらず、今後のマシンの進化や方向次第かなぁ。

で、リース。

…リースはねぇ…彼はね…生存ルートは正直ないかな…というのが私の予想…。
そもそもこの人は、死のうと思っていたところをフィンチに拾われて、一緒に仕事して生きる目的ができて徐々に人生を取り戻してきたという経緯があったけれど、それでも彼は、積極的に生きようとしているようには見えないんだよね…。自分をそんなに大事にはしてないし、本人も別にそれでいいと思っている。どうせまだある命なら、最後は誰かのためにそれを差し出して死ねたら本望、って思ってる節が常に感じられて。決して人生を投げたり諦めているわけではないけれど、どこか悟りを開いちゃってる部分があるんだよねー。だからあんなむちゃくちゃな乱闘を今まで繰り広げてきたんじゃないかとも思ってるので。
リースにとって、本当はもう過去のどこかの時点で自分は死んでいたはずだけど、今もまだ生きているという事実は、生き長らえた余分の産物なのかもね。もう十分なのに、くらいに思っているのかも。悲しいけれど。
そういう下地があると仮定して、S1初期の頃のリースは人生において少しずつ生きる目的や喜びを感じるようになってきたのかと考えると、あのエッグベネディクト回のラスト、思わずこぼれるささやかな笑みは、今振り返るとジョン・リースという人間を表すのに、涙が出るほど美しい表現だったのだなと思える。

あとちょっと話がずれてしまうんだけれど、彼はやたらと「自己犠牲」や「ヒーロー願望」があるってドラマの中で言われるけれど、果たして本当にそうかなぁ?これ、いっつも疑問に思ってるので、いい機会だからそのことも書いておこう。
リースはジェシカに次いで309でカーターを失って、人生で大切なひとを二度も失ってしまい、その結果悩んで苦しんで遠くへ逃げてフィンチに八つ当たりまでして、それこそ文字通り血みどろになって地を這うような思いをしてようやくたどり着いた答えが、人助けをしていくのが自分の使命だということをやっとやっと見つけたわけで。だから彼は本当に純粋に、誰かを助けたい、その一心で出た番号に対して取り組んでいるわけで、自己犠牲でもなんでもない。でもそれは周りから見ると「自己犠牲」や「ヒーロー願望」に見えてしまうのかなぁ…。彼をそう揶揄したりセリフとしてそれを言った人物ってこのドラマでは誰だっけ?彼をよく見ていなかったり、彼から立場が遠い人ほどそう思ってるんじゃないかと私は思うんだけど。

411で、リースはファスコに向かって「徹底抗戦だろ?」と言って彼をサーバールームから追い出し「誰かがヒーローにならなくちゃな」と、ひとりでサマリタンの戦闘員達に立ち向かって行くんだけど(そして反撃にあってめったくそに撃たれて死亡、という、シミュレーションとはいえ相当派手な死にっぷりでした)。
「徹底抗戦だろ?」のときのセリフは"Rememer the Alamo?"。つまりアラモ砦の戦いのことを言ってるんですね。1836年、アラモ砦で戦ったアメリカ側の兵士はほぼ全滅したので、つまりリースはファスコを助けて生き残らせるために部屋から追い出し、自分は死ぬのが前提で「誰かがヒーローにならなくちゃな」と言っている。それって正確にはヒーローなんかじゃ全然ないし、あえてリースが自虐的にそう言ってるだけでしょ?皮肉を込めて本人がそう言うのは全然かまわないけど、周りが彼をあれこれ言って決めつけるのは私は好きじゃない。

まぁそんな彼もS4終盤になって、生きる希望を見出して明るい方向へと歩み始めるのはそれはそれでいいかもしれないけれど、でもだからってそれを表現するのが突然登場したセラピスト、しかも視聴者がまったく共感できない雰囲気の女性と恋に落ちるってあまりにチープすぎて、そうじゃない、そっちじゃない、そっちじゃないのよ~~~。
501で彼がフィンチをかばい、ルートを助けて撃ちながらガンガン突き進む姿を見れば、彼に必要なのは何なのか、それらのシーンが何よりも雄弁に物語っているじゃない。人を助ける、自分がなすべきことをするのがこのドラマの全話を通して描かれた彼の信条であり人生そのもの。こんなんなら恋に落ちる相手はもうフィンチとでいいよ、くらいに思うわほんとに!お互い庇い庇われ絆し絆されてきて、これ以上の関係なんてこのドラマにはもう存在しないし必要ないじゃない!!

ということで、リースはフィンチのために死んでいく道がいちばん似合う…それがいい悪いじゃないし、もちろん死んでほしいわけじゃないよ。でもそれ以上に彼にしっくりくるラストが私には描けない。
彼には「ハロルド・フィンチ」のために生きた「ジョン・リース」として最後まで存在していてほしい。彼は永遠にジョン・リースであってほしい、という願いが私の中にあるから、本名とか明かされなくてももうこのままでいいじゃないって思う。


そんなこんなで、自分自身の覚悟はできていると思うけれど、11/14の最終回を見たあとの私は生きていけるかな…。あれこれ考えると、今から泣いちゃいそうです(いやまだ死ぬと決まったわけじゃないし!)

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