POI S3 Ep10

Devil's Share

2回目のレビューですが以下、考察を延々と書き連ねているだけです。
まずこのエピソードのタイトル、"Devil's Share"が何を指し示しているかを定義しないといけないと思うのですが、未だに自信をもってその意味はこうだ、と言えなくて。わたしはあたまがとてもわるい……。
悪魔の取り分。それは復讐が目的で奪った命を悪魔に渡すことで、それと引き換えに罪人となること、かなぁ。"share"は「分け前」とも訳せるので、人を殺して悪魔と罪を分け合う、つまりもう善人には戻れないという意味にもとれる。そういう意味だと前提して書きます。
そしてすでに過去、いったん悪魔の取り分を手にしたことのある人間が再び同じ状況になった時、人はどうなるのか。
以下リース、フィンチ、ファスコの考察。

リースはかつてCIAに所属して命令に従い人を殺す仕事をしていた人物であり、なおかつ元恋人のジェシカにDVをふるっていたピーター・アーントを殺した(と私は考えてます。その理由はS4Ep17で書いてます)、つまり復讐のために殺人を犯している。過去すでに悪魔の取り分に手を伸ばし、実際それを手にしている人間。
でもフィンチと出会って以降、生きる目的を見つけいい人間になろう、もう一度生き直そうとしている最中だったリース。だからS1Ep04でアンドリュー・ベントンを殺さなかったと私は思ってますが。
でも今回はクインを殺すというはっきりとした強い意志で引き金をひいた。なぜならカーターを殺されたから。リースはジェシカを失った時と同じ状態に戻ってしまった。今まで多くの人の命を救ってきたのに、あっけないほど簡単に自分が殺す側に戻れてしまうのがジョン・リース。
フラッシュバックでは、リースは面接官から「情に厚すぎる」と言われていて、しかし指令に従いその面接官を撃ち殺しただけじゃなく、情け容赦なく相手を殺すことができるのを証明した。S1からのリースが情に厚い面を見せていたのなら、このエピは目的のためなら手段は一切選ばない彼の非情な面が描かれたエピソードだとも思う。
結局、リースの人生は変わらないし変われない(変われないことが悪いという意味ではないです)。この時点ですでにリースは普通の人生など送れないことが、S4でカウンセラーを出さなくても確定している。だからよけいに彼女の登場は蛇足に思えて仕方ない。


フィンチがカウンセラーに語った、「ある計画を考えています」。これ、私は初見では、マシンから出る番号を元に人助けをしていたネイサンの遺志を継ぐことだと思ってたんですが、S4Ep15でアリシア・コーウィン爆殺の計画を立てたことを指しているんですね。ネイサンはフェリー爆破事故で亡くなっているから報復で爆弾を自作までして同じ方法で彼女を殺そうとさえしていた。だからフィンチも過去に悪魔の取り分に手を伸ばしているのですが、すんでのところで思いとどまった。
ではフィンチは最初から一度も誰かを殺していないのかと問われたら、実際はそうだけれど、かつてフィンチはオープンシステムの状態で学び続け成長するマシンに対して、人の命に優劣をつけることはしてはならないと教えていたにもかかわらず、マシンが有用/無用に分けた命を、有用は救わないといけないけれど無用の人々までは助けられない、でもそれは大義のためだから仕方がない、と高慢な態度で切り捨てていたので間接的に殺していたも同然という過去がある。だからフィンチもまた、悪魔の取り分を無意識とはいえ手にしていて、ネイサン(とグレース)を失うという、どれだけ金を積んでも戻っては来ない人の命という途方もない大きな代償を支払っている。
フィンチはフラッシュバックでカウンセラーに「罪悪感は本当に消えますか?起きた出来事が実際に自分のせいだとしても」と尋ねているけれど、どれだけたくさんの命を救ったとしても自分の罪が消え去ることは決してないことをすでに知っているので、その先の人生に希望やそれに似たものを見出すことをしようとはしないけれど、リースは人助けをしながらもう一度生き直すチャンスを得られたのと同時に、もしかしたら自分にも再び幸せになれる人生があるかもしれないというほんの少しの希望を見出してしまった。そういう人生が得られるという錯覚を抱いたけれど、でもそれはつかの間の夢だった。
リースはカーターの死で再び人生に絶望したし、ジェシカを失った時とはまた違う意味で自分の生に執着がなくなってしまったかと。諦観しているというか、死に物狂いで必死に生きようとあがいたり生にしがみつく人間ではなくなってしまったし、自分が大切にしようとする人は少なくていい、もしかしたら誰もいなくていいくらいの気持ち。だってまたその人を失うかもしれないから。それはもうリースにとっては恐怖以外何物でもないわけで。だから彼をこの世に思いとどまらせている、たった一本のいつ切れてもおかしくない細い細い糸は、カーターを喪ったことで自分の使命と悟った人助けという行為と、その目的を達成するために必要であり自分を雇ったハロルド・フィンチの存在だけではないかと。なのでしつこいようだけど私は何度でも、リースが生きる理由の中に英雄願望や自殺願望は入ってはいないよと言いたい。


ファスコもかつては新人の警察官を殺して出所してきたジュールズという男を射殺したことがあり、その時のファスコは明確な殺意を持ってジュールズを撃っている。ジュールズは報いを受けて当然とファスコは自分の行為を正当化しており、カウンセラーに対しても、撃ってすっきりした、夜もよく眠れてるよ、と言っている。
しかしカーターが殺されてリースと同じ思いに駆られたけれど、ファスコはジュールズの時とは違い法に則り正当な方法でシモンズを逮捕してファスコなりの復讐を遂げた。シモンズを殺そうとしたリースとは真逆。なぜならカーターが自分を生まれ変わらせてくれたから。クズだった自分をカーターは信じてくれた。シモンズを殺してもそれはカーターが望むことではないとファスコは誰に言われるでもなく自分でちゃんと理解していた。だからシモンズに手錠をかけて八分署に現れた時のファスコの表情は今まで見たことない、本当に男らしく堂々として素晴らしいものであり、これは非常に心を打たれました。
ファスコがカーターの望みを理解していた一方でフィンチも同じように「君がクインを殺せばそれを無駄にすることになる。カーターはそれを望んでない」と言ったけれど、リースの返事は「なぜもっと早くに(クインを)殺しておかなかったんだろう」。そして「我々は人を助けてる。が助けてる」とリースがクインを撃たないよう必死の思いで訴えたにも関わらず、「全員じゃあない」と言い、君を助けたいというフィンチのオファーに対してきっぱり"No."と答えてるんですよ……。涙を一筋流すリースは、心の中で本当は自分だってそんな生き方はしたくないと必死に抗っているのかもしれない。でも誰の言葉も聞き入れることもなく、フィンチの助けさえ振り払い、リースは愛するカーターの願いより自分の意志を押し通すことを選び、再び悪魔の取り分に自ら手を伸ばした。リース自身この時点でもう二度といい方向へとは変わらない人生と自分が最後に行きつく場所をすでに本能のレベルで分かりすぎるほど分かっていたと思うのです……。


このエピにおける"Devil's Share"。 相手を殺して復讐を遂げたらその人は救われるのか。大義名分を与えれば誰かを殺すのを正当化できるのか。でも、どんな理由であっても人を殺していい理由など決してないのを私たちは知っている。そうしたいのを思いとどまってこそ、イライアスの言う「文明化された人間」でいられる最もたる理由。そしてイライアスは自身のことを、カーターのために手を汚してシモンズを殺す権利がある「下等な人間」だと定義している。だからシモンズを殺すのは、リースでもファスコでもなくイライアス。そうシモンズに話した後にカーテンから現れたのはイライアスの右腕スカーフェイス。彼がシモンズを絞殺するのを無言のまま冷酷な目で見つめるイライアス。シモンズが逮捕されておしまいではない、最後まで強烈な話でした。


このエピソードは主要キャラクターが大きな転換を迎えたとてもとても重要な話だと思う。時期としても、全5シーズン中シーズン3エピソード10というちょうど真ん中あたりに来てタイミングとしても絶妙。同時にこのドラマはここでピークを迎えちゃったかなぁ。実際このエピでルートの口から「もっと大きな脅威が迫っている」というセリフがあって、今までとは違う展開になることがもう示されているし。初回からずっと続いてきた様々な流れがここでほぼ終結したのもあるかな。
そして「パーソン・オブ・インタレスト」全103話の中でもおそらく五本の指に入る名エピソードでしょう。実際はとても五本になんて絞れないのですが、それくらい素晴らしいエピソードでした。
前回の感想にも書いたけれど、このエピの話のレベルはすさまじく高く、完璧と評してもおかしくないくらいの内容で、私自身ドラマというたった43分の枠でここまでできるのかと驚愕のあまり言葉を失ったエピソードでした。時間が経った今だからこそ冷静に見られてこんだけくどくどと多分誰も読んでない長くてしつこい考察をしているだけ(笑)で、初見時はただただ圧倒、圧巻の話でした。ドラマに対する見方を大きく変えてくれたPOIには感謝してもしきれません。

近いうちにエピソードランキングもあれこれしたいですね。


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