シング・ストリート 未来へのうた

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Sing Street (2016)


ジョン・カーニーから若い人たちへの、前へ進め、夢を追え、という熱いメッセージが込められた映画でした。だからそれを副題でバラしちゃいけないと思うの。

「これは君の人生 どこでも行ける
 これは君の人生 なんにでもなれる」
「今でなければ いつ行く? 探さないで何が分かる?
 決して後ろを振り向くな」

105分という短い映画の中でいちばん言いたかったことが全て歌詞に載せられているのがジョン・カーニーらしさであり、そして私は前2作ほどはこの映画に心打たれることはなかったけれど、でもそれは自分が親になり、自身の子供たちの未来や将来を楽しみにしつつも憂いや心配も抱える立場になったからかな、とも思った。でもそれでいいと思う。夢を追って無茶をする若い人たちの後ろには、ハラハラしながらも見守っている親もまた必ず存在するのだから。

この映画で何が泣けたって、体育館でのMVを撮影するシーン。コナーの中では、その体育館はエキストラの人たちに説明したような「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の50年代のダンスシーン。フルーツポンチが置かれた机、華やかに飾り付けられた舞台、衣装をそろえたバンドのメンバー。華やかな衣装で踊る高校生たちの中で、ひときわ美しいラフィーナ(ちょっとヘイリー・アトウェル似だ)が現れ、パーティの様子を見に来た校長はダンスやバンドに理解ある先生で(あの長いローブ姿での側転、思わず拍手喝采!)、コナーの両親は仲睦まじく手を取り合って踊り、バイクに乗って現れた兄貴は校内でワルだけど人気者(赤いジャケット姿に、喧嘩相手にナイフを取り出すのはまんまジェームズ・ディーンの「理由なき反抗」ですね)。けれど、現実はそうではなくて、両親は離婚寸前だし兄は夢を諦めている。そしてMVの撮影に約束したラフィーナは最後まで現れることはなかった。だからコナーの思い描いたパーティの様子は儚い夢のような世界で、これはもう号泣でした。


ラスト、小さな船でイギリス目指して海を越えていこうとするコナーとラフィーナ。冬の荒波の中、あんな小さなボートで本当にたどり着けるのか、私はものすごーく不安で。でもこの先どうなるのか分からないまま画面は暗転して映画はそのまま終わってしまったのですが。
エンドロールで、スタジオで録音の様子が声だけ聞こえてくるんだけど、それは映画の冒頭、いちばん最初に完成させてMVを撮った曲なのですね。だからコナーはイギリスに渡った後プロとしてデビューしたんだと思う。私はそう解釈しています。



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